2015年09月22日 (火) 09:02:00

ヒマにしているシルバー・ウィークに Facebook の友達を整理する!

いろいろとあって、特に出かけもしないシルバー・ウィークが過ぎようとしております。
基本的に通常の週末とかわりなく、読書とプールと野球観戦に明け暮れており、阪神の戦績が振るわないので、リーグ優勝が遠のいた気がしていたりします。というヒマなだけの長い週末と同じシルバー・ウィークに、読書は『日本沈没』の第1部と第2部を読んでいます。そして、決心して、Facebookの友達を整理しました。その昔のmixiをはじめとして、このテのSNSでは私の場合はオフラインで顔見知りしか登録しておらず、しかも、私から友達登録をお願いしたことはなく、すべて先方からのリクエストにより登録したもので、今まで大学と高校の友人を合わせて数人、友達登録していました。実は、先週、私の誕生日でFacebookに連動させているブログに記事をアップしたり、あるいは、Facebook自身に友達の誕生日を知らせる機能もあるんですが、私の誕生日の反応があったのは1人だけで、他の人についてはホントにとても親しかった2人を例外としてバッサリと友達登録を解除しました。友達は3人に減ってしまいました。ついでながら、解除した人たちは、それぞれ数十人から3桁のお友達がいらっしゃるようなので、その他大勢の私がLikeをクリックしなくてもいいんではないかと推測しています。でも、FacebookのザッカバーグCEOによれば、Dislikeボタンを設置するらしいので、それまで待ってもよかったかも…と思い始めていたりします。いつもながら、ヒマな休暇です。
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2014年06月20日 (金) 19:34:00

Webサービスのパスワード管理やいかに?

やや旧聞に属する話題ですが、先週木曜日の6月12日にトレンドマイクロ社から「パスワードの利用実態調査 2014」と題するリポートが発表されています。中身は何かというと、IDとパスワードでのログインが必要なWebサービスの利用者を対象に、パスワードの利用や管理の実態を調べるアンケート調査です。まず、トレンドマイクロ社のサイトから調査結果のポイントを2点だけ引用すると以下の通りです。

パスワードの利用実態調査 2014
  1. パスワードを使いまわしているユーザが9割以上
  2. 約7割が自分のパスワード管理にセキュリティ上リスクがあると認識


ということで、下の円グラフは、Webサービスの利用にあたり、パスワードを使い分けているか、使い分けている場合、何種類のパスワードを使い分けているか、についての回答です。なお、そもそも、何種類くらいのWebサービスを利用しているかの調査結果がほしいところですが、それは示されていません。

photo


見れば分かる通り、上の引用にもあるように、パスワードを重複して使い回しているユーザが93.1%に上ります。逆から見て、6.9%のユーザはすべてのWebサービスで異なるパスワードを設定しているわけです。私の場合、ブログ、Webメール、SNS、図書館など、の種類別でついつい共通のパスワードを設定してしまっています。特に同種のWebサービスを利用している件数が多いのは図書館です。例えば、新宿区立図書館と渋谷区立図書館と港区立図書館のパスワードは同じだったりします。それでも数種類のWebサービスに対して、数種類のパスワードを設定していますので、この調査項目に即して言えば6種類以上になります。私の場合は図書館だけでも軽く10館を超えますので、もしもすべてに異なる設定をしているのであれば、パスワード管理はとてもタイヘンです。グラフは引用しませんが、パスワードを使い回す理由は「忘れてしまう」が74.7%を占めて、もっとも多くなっています。分かる気がします。また、パスワードの管理について、「パスワードは手帳やノートにメモする」がもっとも多くて44.2%に上ります。

photo


上に引用したグラフは、Webサービスでパスワードを設定する際の意識に関する調査結果です。ハイライトしてあるように、セキュリティ上のリスクを感じているユーザは70%を超えますが、逆に、定期的にパスワードを変更するのを面倒と感じる人も55%に達しています。この両者を満足させる解として、トレンドマイクロ社では「1つのマスターパスワードで複数のID/パスワードを管理できるパスワード管理ツールなどを活用する」を上げています。私の場合はメモはメモなんですが、直接にIDやパスワードをメモするんではなく、いわゆるパスワードのヒントをメモすることにしています。というのも、WebサービスであればURLでサイトが特定されパスワード管理ツールも有効なんでしょうが、Webサービスでなくオフラインでパスワードを要求されるケースには対応できません。例えば、典型的にはパソコンというか、Windowsにログオンするパスワードとか、私の場合は日記帳とかです。パスワード設定して暗号化したオフィス文書や圧縮ファイルなども利用する機会がありますし、オフラインまで対応してくれるパスワード管理ツールがあれば私も使いたい気がします。

私がパスワードに設定しているのは、基本的に、他の人から見れば意味をなさないランダムな文字の配列に見えるのに、私自身からすればそれなりの意味がある文字列、例えば、「2001年宇宙の旅」の愛嬌あるロボットHALはIBMからアルファベット順で1字ずつ前にズラした文字列だということはつとに有名ですが、こういった形で馴染みのある地名や人名を何文字かズラしたり、逆書きにしたり、といった文字列にしている場合が多いんですが、それでも、シーケンシャルに手当たり次第に試行されれば破られる可能性はありますし、コストパフォーマンスを考えれば、余りに凝ったことをするのも気がひけるように感じています。
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2011年02月13日 (日) 17:25:00

SNS は国産 mixi か、国際標準 Facebook か?

Facebook と mixi のロゴ

ソーシャル・メディア・ネットワーク、いわゆる SNS については、昨年の Time 今年の人に Facebook のザッカーバーグ CEO が選ばれて、また、ご本人の半生が映画化されたりして、世界標準では Facebook 一色になった気がします。かつては、MySpace なんてのもあったりしましたが、どうなってしまったんでしょうか。音楽やエンタメに特化したんでしょうか。もちろん、Facebook は日本でも大いに注目されており、ネット調査大手のマクロミルから「Facebook ユーザ500人 利用実態調査」などのアンケート調査結果も出たりしています。

SNS 利用者内訳

他方、上の画像は少し前の東京新聞のサイトで見かけて引用しているんですが、日本国内ではまだまだ国産の mixi の方が Facebook よりも利用実績が高い実態がうかがえます。Facebook は Gree をようやく追い抜いたところだったりします。なお、東京新聞のコラムでは「実名のリスク」に重点を置いているような気がしないでもないんですが、ハッキリいって的外れです。mixi も原則は実名です。我が国のメディアのレベルの低さ、アサッテの方向を向いた感覚を垣間見た気がします。

私は Facebook と mixi のどちらも、ついでに、Gree も登録してあるんですが、サイトを訪れるのは週に1回くらいです。特に、Facebook は去年の暮くらいまでログインするごとに長崎大学経済学部で計量経済学を担当している准教授の見慣れた顔写真が「知り合いかも?」のところに出て来ていたりしました。どうでもいいことですが、今年度下期はサバティカルでカリフォルニアにご滞在のような記憶があります。
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2010年10月03日 (日) 13:35:00

国勢調査をインターネット回答する!

センサスくん一昨日の10月1日から国勢調査が始まっています。国勢調査は5年に1度ですが、今年は10年に1度の大規模調査の方です。左の画像は「センサスくん」なるイメージキャラクターで、20年前から統計局で使っているらしいです。別途、シンボルマークもあるようです。私は不勉強にして両方ともまったく知りませんでした。なお、画像は統計局のサイトから引用しています。
当然ながら、我が家にも調査票が届き、原則として郵送で回答することとなっていますが、東京都の場合はインターネットでの返信が可能なようなので、私は今日の午前中に回答を済ませました。我が家は私と女房が昭和生まれで、子供達は平成生まれですから、国際化された現代社会の中でもあり、西暦で数える方が便利なんですが、昭和と平成で記入せねばならないのは面倒な限りです。私のような左翼の人間からすれば、いっわゆる「君が代・日の丸法」の悪い点が出ているような気がします。それから、もうひとつ困ったのが、この夏まで私が長崎に2年間の単身赴任をしていたため、我が家の中では私だけが現在の住所に1年未満の居住歴で、しかも、5年前は現在の同じ住まいに居住していた、という分かりにくい状態になっています。でも、そのあたりが統計局からすれば重要なんだろうという気もしないでもありません。

私のような官庁エコノミストは統計に頼りっきりですので、統計作成には大いに協力的ではあるんですが、役所のやることは何ごとによらず、役所のためなのか、国民のためなのか、常に問いかける必要がありそうな気がします。一応、久し振りにトリビアな日記に分類しておきます。
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2010年06月04日 (金) 19:23:00

京都の通りを織り込んだ辻うた

京都の通りを織り込んだ辻うたと呼ばれる童歌があります。京都の碁盤目状になった通りの名を覚えるのに便利です。私のように京都に生まれ育った者には、やや女の子向けの手毬うただという実感もなくはないですが、それでも、私くらいの年齢の京都人はほぼ知っていると思います。
まず、東西に走る通りを織り込んだ辻うたです。最初の3文字を取って「丸竹夷」と略称されます。丸太町通りから南に進みます。ですから、もっと北にある北山通り、北大路、今出川通りなどは入っていません。

丸竹夷二押御池
姉三六角蛸錦
四綾仏高松万五条
雪駄ちゃらちゃら魚の棚
六条三哲通りすぎ
七条越えれば八九条
十条東寺でとどめさす

まるたけえびすに おしおいけ
あねさんろっかく たこにしき
しあやぶったか まつまんごじょう
せったちゃらちゃら うおのたな
ろくじょうさんてつ とおりすぎ
ひちじょうこえれば はっくじょう
じゅうじょうとうじで とどめさす

次に、南北の通りを織り込んだ辻うたです。これも最初の3文字を取って「寺御幸」と略称されます。寺町通りから西に進みます。従って、寺町通りから東にある通りは含まれません。河原町通りとか先斗町、木屋町などは入っていません。

寺御幸麩屋富柳堺
高間東に車屋町
烏両替室衣
新町釜座西小川
油醒ヶ井堀川の水
葭屋猪黒大宮へ
松日暮に智恵光院
浄福千本果ては西陣

てらごこふやとみ やなぎさかい
たかあいひがしに くるまやちょう
からすりょうがえ むろころも
しんまちかまんざ にしおがわ
あぶらさめがい ほりかわのみず
よしやいのくろ おおみやへ
まつひぐらしに ちえこういん
じょうふくせんぼん はてはにしじん

これだけではビジュアル性に欠けますので、どこのサイトで拾ったのか忘れてしまい、心苦しくも無断転載になってしまうんですが、京都の通りをかなりデフォルメして単純に図示したのが以下の画像です。なお、どうでもいいことながら、下の画像では姉小路や錦小路にまでいちいち「通り」を付していますが、私には違和感があります。「小路」はそのままで「通り」に代替するので、いちいち「通り」を付ける必要はないと考えています。

京都の通り

まず、東西の通りの名は五条までが上の画像に含まれていますので、それ以降を少しかいつまんで概観すると、雪駄屋町通り、銭屋町通り、魚の棚通り、六条通り、三哲通り、七条通り、八条通り、九条通り、十条通り、東寺通りとなります。お分かりかと思いますが、「ちゃらちゃら」は銭屋町通りを表しています。なお、五条通り以南は現在では大幅に通り名が変更されています。すなわち、雪駄屋町通りは今では楊梅通り、銭屋町通りは的場通り、三哲通りは今の塩小路通りを指しています。また、魚の棚通りは消滅したか、昔の六条通りが消滅して、昔の魚の棚通りのことを現在では六条通りと呼んでいるか、どちらかです。どちらかは忘れました。
南北の通りも、上の画像では堀川通りまでしかありませんので付け加えますと、葭屋町通り、猪熊通り、黒門通り、大宮通り、松屋町通り、日暮通り、智恵光院通り、浄福寺通り、千本通りとなります。最後の西陣は通りではありません。
ほとんど記憶に頼って書いているんですが、私がまだ京都に住んでいたころに、「丸竹夷」の辻うたは河原町丸太町にあるそばぼうろのかわみち屋が、「寺御幸」は京都銀行かどこかの京都のローカル金融機関が、それぞれ、テレビのコマーシャルで使っていた記憶があります。京都以外では流れていなかったような気がします。もっとも、このあたりは調べようがないので、間違っているかもしれません。ご容赦下さい。

週末前にゆったりした気分で、久し振りに、トリビアな日記に分類しておきます。
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2010年02月18日 (木) 19:59:00

ものすごい偶然か?

我が家の下の子が小学校でバレンタインデーのチョコをいっぱいもらって帰って来たのは、すでに月曜日のエントリーで自慢紹介しましたが、どうも、私が日ごろ徘徊しているブログの管理者は私と同じくらいの年齢層が多いのか、サッパリ、バレンタインやチョコやといった話題がないので、長崎に戻ってから、長崎ローカルでバレンタインやチョコやを取り上げているブログにコメントしたりしていたところ、何と、12時間くらいのインターバルがあったものの、プロバイダは不明ながら、私とまったく同じIPアドレスから別人がコメントをした、と知り合いが知らせて来ました。私は別のコメント者とは面識がないんですが、この知り合いのブログ管理者は私も、もう1人のコメント者もオフで知っているそうで、なりすましではないことを確認しています。IPV6が普及すれば、このようなことはさらに極めて低い確率になりそうな気がする一方で、リーマン・ショックの直後に、債券価格の動きだか何だかで、知人のメガバンクのエコノミストが2億分の1の確率でしか生じないイベントに遭遇した、と騒いでいたのを記憶しているんですが、このIPアドレスが同じというのは、どれくらいの確率で起こるものなんでしょうか?

それほどの確率ではないんですが、日銀は今日までの金融政策決定会合で、追加的な金融緩和策を見送りました。取りあえず、私が1月26日付けのエントリーで示した大胆な予想は今月については外れました。しかし、1次QEを取り上げた方の月曜日のエントリーでチラリと触れたように、特段の政策対応の準備なしに「デフレ宣言」してしまった政府から日銀への圧力が強くなるのは目に見えています。来月には何らかの追加緩和策が決定されると重ねて予想しておきます。
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2009年12月20日 (日) 16:27:00

ブログの表示を IE8 標準モードに変更する

最近、ブログの表示が少し乱れていることに気づいていたんですが、どうも、Internet Explorer が V8 になって、表示が少し違って来ているということを知りました。そこで、マイクロソフト株式会社 Internet Explorer サポートチームのブログを見て勉強しました。IE には以下の3つの表示モードがあるようです。

ドキュメント モード説明
IE8 標準モードIE8 で利用可能な機能を全て利用して表示
IE7 標準モードIE7 と同等な機能を利用して表示
Quirks モードIE5 と同等な機能を利用して表示

そして、ブラウザ側で表示を切り替えることも出来ますが、コンテンツ側で指定することも出来るようで、以下の3通りの方法が示されています。この順番で優先順位が高くなっています。

  1. META タグで指定する方法
  2. HTTP レスポンスヘッダで指定する方法
  3. DOCTYPE 宣言で指定する方法

もちろん、レンタル元で提供されているレディメイドのテンプレートを使っている分には問題なく表示されるようになっているんでしょうが、私のブログはフルカスタマイズを売り物にしているものですから、いろいろと自分自身で手を加える必要があります。逆に言えば、それだけのスキルも持っていると自負しています。私は最も優先される META タグを利用しており、html のヘッダ部分で <meta http-equiv="X-UA-Compatible" content="IE=8" /> と指定しています。ブラウザ側では IE7 互換表示には切り替えられず、強制的に IE8 標準表示になります。ひょっとしたら、IE7 しかないマシンでの表示が乱れている可能性はありますが、そこは、セキュリティの観点からも、アップデートして下さいというしかありません。
css についてはカスタマイズ出来るブログが多いんですが、html については変更できないブログも少なくなく、すべてのサービスで応用可能なわけではありませんが、私のブログについてはメインとミラーで可能な範囲で指定してみました。css については、基本的には、一部で margin と padding を入れ替えて元通りに見えるように工夫したつもりです。もちろん、IE だけでなく、Google Chrome の表示にも配慮しました。残念ながら、Opera や Safari や FireFox などのブラウザは利用していませんので、よく分かりません。悪しからず。

長崎で過ごす週末は今年最後なんですが、やっぱり、ヒマを持て余してしまいます。いろいろとブログの表示を変更して時間を潰しています。
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2009年10月26日 (月) 20:00:00

Windows 7 の評価やいかに?

この週末はいろいろと忙しく、金曜日は東京で非常勤の研究員をしている研究所に出勤するとともに、土曜日にはおにいちゃんの通う中学校に行って体育祭を見学し、昨日の日曜日は別の公務があって疲れ切ったため、昨夜はブログも書かずに早々に寝てしまいました。休養のため今日は1日のんびりしていました。

Windows 7 logos

ということで、東京に帰った折に新宿の家電量販店に立ち寄って、先週発売が開始された Windows 7 を少し見て来ました。上の画像にリンクが張ってある Microsoft Windows 7 のホームページのうたい文句は「Windows 7 があなたと PC に、シンプルな毎日をご提案します」というもので、起動の早さやレスポンスのよさなどのパソコン動作の軽快さをシンプルと見立てているようです。メディア各社の報道を見ても、この点に着目した記事が多いように見受けられます。例えば、先にも上げた起動のスピードアップ、ファイルへのアクセスや検索のすばやさ、USBメディアへの高速な接続などが目につきます。
私が立ち寄った家電量販店の店員さんのセールストークで目立ったのは、先の起動やアクセスすばやさの他に、64ビットのフルサポートが上げられます。これは私も楽しみにしています。Microsoft 自身やサードパーティでどのようなソフトウェアが開発されるか大いに期待しています。特に注目されるのはオフィス・スイートがどのようになるかで、Microsoft でいえば、現行の Office 2007 がそのままインストールされていましたから、新しいバージョンの Office が64ビットになるのかどうか、また、これと Windows 7 を組み合わせるとどうなのかに着目したいと思います。それから、「ホームグループ」なるものが出来て、自宅に複数のパソコンがある場合のネットワーク構築が容易になり、ドライブやプリンタの共有が簡単になったとも聞きましたが、これなんかは我が家では早くから実現しており、ハッキリ言って、Windows 95 のころから実現されていたものを扱いやすくしただけですから、中級者以上では特に必要ないものかもしれません。また、デスクトップの見た目は我が家にある Windows Vista と特に変わった様子も見受けられません。もちろん、店員さんが触れなかったり私が聴き逃した部分もあり得ますし、何と言っても店頭で少し操作しただけなんですが、大雑把な印象は以上の通りです。

32ビット対応になった Windows 95 から数えて7代目の新しい Windows ですが、我が家で導入するのは今しばらく様子を見たいと考えています。
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2009年01月12日 (月) 18:11:00

ブログの見た目を変更する

この冬休みに、私のブログの体裁を少し変更しました。基本的には、css のレベルで対応していますが、以下の通りです。

  1. 基本のフォントを Windows Vista 標準のメイリオ (Meiryo) に変更

  2. トップページのエントリー数を大幅に減少

  3. 改行を英文ワードラップなしの強制改行に変更

最初のは前々から考えていたんですが、フォントをメイリオに変更しました。Windows Vista の標準フォントといいながら、実は、Windows Vista にしかインストールされていないので、そもそも、メイリオが入っていないパソコンでは表示は何ら変わりありません。でも、Windows XP でしたらメイリオのフォントをインストールすることが出来ます。マイクロソフトの以下のサイトからダウンロード出来ます。私は決してオススメするものではありませんから、あくまで自己責任でお試し下さい。なお、私が試してみたところ、Windows XP のパソコンにメイリオをインストールしても、ブラウザが Internet Explorer 6 である限りは、やっぱり、表示の乱れは生じます。Windows Vista で Internet Expoler 7 に合わせて表示を最適化していますので、ご容赦下さい。


どうしてフォントをメイリオにしたのかといえば、小さい字が見やすいと思ったからです。特に、私のこのブログの場合、新聞記事なんかを blockquote のタグで引用する場合なんかにフォントを少し小さくしていますから、読みやすくなっているように思います。そもそものきっかけは、ガジェットに TBS のニュースを置いていて、これがメイリオで表示されているので見やすいと感じたのが始まりで、12月14日のエントリーで取り上げたように、年賀状なんかもメイリオで書いて気に入ってしまいました。ローマンなフォントと比べてシャープさに欠けるんですが、特に、本学のロゴマークと相性がいいように感じないでもありません。
2番目のエントリー数は、私のブログの場合はサイドにアルバムを置いていて長いもんですから、ついつい、トップページの記事数を増やして釣合いを取ろうとしてしまっていたんですが、画像を含む記事だとブログを開くのが重くなってしまい、方向転換することに決めました。一時は50ものエントリーを表示させていたんですが、20まで減らしました。3番目のワードラップなしの強制改行にしたのは、単なる気分です。ホントは英文ワードラップをかけて英単語が途中で切れないようにした方が見やすいのかもしれませんが、まあ、好みもありますし、私の場合はモニタで読むよりも範囲で選択してコピーすることの方が多いので、特段、英単語の途中で強制改行されても関係ありません。

Professor Yoshioka Street

最後に、昨年8月10日付けのエントリーで紹介した画像のひとつなんですが、年始の挨拶に季節に合わせた冬の画像を送ってもらいました。どこかのサイトで作ってくれるハメ込み画像だと思うんですが、実在するのであれば、かなり寒い地方を通っているのかもしれません。
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2008年09月05日 (金) 20:02:00

セキュリティソフトをインストールする

本題のセキュリティソフトに入る前に軽く経済の話題をひとつ。本日、財務省から今年4-6月期の法人企業統計が発表されました。減収減益が続いており、設備投資も減少しました。経常利益は前年比▲5.2%減となり1-3月期の2桁マイナスからは回復しました。売上高が微減ですから、経費節減が大きな要因です。経費のついでに不要不急の設備投資も後回しにされ、設備投資も▲6.5%減と減少したというのが真相に近いと私は考えています。背景には日本だけでなく、欧米も含めて先進各国が景気後退局面に入ったり、近づいたりして、先行きの期待成長率が不況期らしく下方にシフトしたためであるとみられます。それでも、この程度で済めば、浅くて長いとの私の結論をサポートしているような気がします。なお、この法人企業統計やその他の統計データの結果を受けて、来週12日の金曜日に発表される予定の2次QEは、前期比▲0.6%減だった1次QEよりもさらにマイナス幅を広げそうです。単純に考えても、前期比年率で軽く▲3%に達しそうです。加えて、もう少しすれば米国の雇用統計が発表されるんですが、明日にでも取り上げたいと思います。

さて、週末前の金曜日らしく、少し軽めの話題ということで、パソコンのセキュリティソフトについて少し考える機会がありました。昨夜に続いて、トリビアな日記です。というのは、大学のパソコンが古くて動作が遅く、私が使うような計量ソフトを走らせるには苦しいと考え、新しいパソコンを購入し、実は、少し前に生協から納入され、先週からセットアップを始めていましたが、当然、LAN からインターネットに接続するので、大学の方でボリューム契約しているセキュリティソフトを、ようやく、昨日になってインストールしました。さらに、先週末に青山に帰宅する前に、長崎の宿舎のパソコンと、帰宅した後に青山のパソコンのセキュリティソフトも1年間の更新期限が来ていたので、新しいバージョンをインストールして来たところです。ここ1週間ほどで、青山と長崎それぞれ2台ずつ計4台のパソコンにセキュリティソフトをインストールしたことになります。
Norton 360 V2.0我が家では以前からセキュリティソフトやシステムのチューンナップソフトはシマンテック社の Norton シリーズを使っています。昨年6月に Vista パソコンを購入し、しばらくは90日間使えるプリインストールの Norton Internet Security を使った後、昨年の9月初めに Norton 360 をインストールしました。1年の更新期限が来ましたので、先に購入してあった V2.0 をインストールしました。インストラクションによれば、上書きインストールとなっていたんですが、プロセスをじっくりと拝見すると、まず、古いバージョンをアンインストールしてから新たしい V2.0 をインストールしており、おかげで、ウィルス定義とかは全然最初から更新する必要があったりしました。インストール・ガイドに少し不親切で誤解を招きかねない表現があったような気がしないでもありません。大学のパソコンはサーバからのインストールかと想像していたんですが、経済学部の詳しい人に尋ねると事務室でボリューム購入しているので、そのディスクを借りてインストールするのだと教わりました。いろんなソフトをインストールした最後にセキュリティソフトをインストールしたつもりだったんですが、今日になっても忘れていた細々としたソフトがあり、その後もパソコンのセットアップを続けています。大学のセキュリティソフトは Norton ではないんですが、インストールする際の最初のオプションで、通常の保護と最高の保護があり、後者を選ぶと、通常のインストールすら支障を来たすおそれがある旨の警告が出たので、通常の保護でインストールしました。幸いにして、その後のインストールも順調でした。
我が家がどうして Norton を使っているかというと、要するに、10年ほど前にパソコンでインターネットに接続するようになった際に、経緯は忘れましたが、最初に買い求めたのが Norton だったというだけです。私はアフィリエイトも置いていませんし、そんなに強くオススメするつもりはありません。100%自己責任の世界です。我が家がジャカルタにいた5-6年前まではウィルス対策ソフトのことをワクチンソフトと呼んでいたりして、私は少し違うと感じていたんですが、それはともかく、日本ですらパソコンのセキュリティには十分な注意を払わなかったんですから、インドネシアなんかはもっとでした。ウィルス先進国というか、アンチウィルス後進国というか、後者だと思うんですが、ともかく、ジャカルタではウィルスメールを大量に受信していた記憶があります。我が家は前世紀までは Norton の AntiVirus と Norton Utility の組合せで、今世紀に入ると、これらを統合した Norton SystemWorks と呼ばれたソフトが出ましたので、これを使っていました。その後、Internet Security などをへて、昨年から Norton 360 にしました。
ジャカルタ在住だったころ、ほぼ毎月ウィルスメールが来ていましたので、3年で30-40くらいを受信していた気がします。我が家のパソコンはガッチリとガードされていたので平気なんですが、そのうち、発信者に面識があったのが10くらいあり、私は親切心と好奇心からウィルスメールを発信している旨を警告していました。しかし、ほとんどが無視ないし否定的な反応でした。まあ、「失礼なことを言うな、私のパソコンはウィルスに感染していない」といったカンジです。例外は2人だけで、どちらも日本人でした。うち、1人は私の父親だったりしました。日本に帰国してからは、一時、メールに添付されているウィルスをフロッピーに収集したりしていた時期もありました。「アブナイ趣味」だと言われていました。

アンチウィルスからファイアウォール、さらに、最近ではスパイウェア対策まで、この種のセキュリティソフトも進化して来ました。でも、セキュリティというよりも、ウィルスでもスパイウェアでもないんですが、あまりに無意味なスパムメールが多過ぎるような気がします。WEB サイトは自分からサーバに見に行くからいいんですが、メールは勝手にサーバに送り込まれるので、何とかして欲しい気もします。
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2008年09月04日 (木) 19:41:00

Google のブラウザにどこまで期待できるか?

自民党の総裁選挙に、すでに事実上の出馬表明を行っている麻生太郎幹事長に続いて、与謝野馨経済財政担当相と石原伸晃元政調会長が新たに立候補の意向を固めたとのことで、出馬に大きな意欲を示している小池百合子元防衛相と合わせて4候補で争う方向になりつつあるようです。経済財政政策が争点になるとの予想もあります。なお、NPO法人ドットジェイピーが学生向けに実施したアンケート調査によれば、麻生幹事長が圧倒的人気だとの報道を毎日新聞のサイトで見かけましたが、当の法人のホームページには何もありませんでした。本学の学生もそうなんだろうかと考えてしまいました。いろいろと興味深いんですが、今夜はここまでにします。
Web Warsということで、大きく話題を転換すると、とうとう Google が Microsoft の Internet Explorer に対抗して、独自のブラウザを公開することになったようです。Chrome というそうです。ネットはいうまでもなく、新聞も含めてアチコチのメディアで取り上げられているので記事の引用はしませんが、一応、左のグラフは"Wall Street Journal" のサイトから借用しています。見ての通りで、ブラウザのシェアを円グラフにしています。Microsoft の Internet Explorer が70%を超えるシェアで、Mozilla の Firefox が約20%、あとは数えるほど、というカンジでしょうか。その昔の NetScape は Firefox に後を譲ったと言えるんでしょうが、もっと昔の Mosaic なんかは跡形もなく消滅してしまったもかもしれません。私もブログのほかに、いくつかホームページを運営していますが、やっぱり、Internet Explorer での表示を最適化していたりします。なお、ちょっと別の話ですが、左上のグラフを拝借した記事は "Wall Street Journal" ではすでに Free Preview になっていますので、購読者コードがないと見られないかもしれません。
実は、私はそれほどの Google フリークではないんですが、やっぱり、WEB 検索では Google を最もよく使いますし、一応、先日はストリートビューをこのブログでも取り上げたりしています。ブランドは何でもいいので、便利で使いやすいのがあれば何でも使うというスタンスだったりします。一応、ソフトの使いこなしにはそれ相応の自信があります。現在は Internet Explorer をベースにしたフリーのタブブラウザを使っていますが、Google の Chrome が世に出回れば試してみたいと考えています。でも、経済学的に言うと、典型的に規模の経済が働きますから、ある程度のシェアを取らないとモノにはならないような気がしないでもありません。

久々に、今夜のエントリーはパソコンやソフトウェアに関するトリビアな日記でした。
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2008年08月10日 (日) 13:33:00

ヒマな休日にネットで遊ぶ

昨日の土曜日は外を出歩いて、大汗をかいた後にエアコンの利いた電車やお店に入ったせいか、少し体調を崩し気味でクシャミを連発するので、今日はそんなに出歩くこともせずに、家にこもってネットで遊んでいます。ヨソさまから教えてもらったものばかりなんですが、ついでに、ネット上の面白サイトをご紹介します。

(1) Google マップ ストリートビュー
これは kincyan さんのブログで知ったんですが、世界の、といっても、米国とフランスと日本とオーストラリアだけなんですが、でも世界4カ国の主要な通りが実写で見られるものです。たぶん、オートバイにでもカメラを持って乗って、写しまくったものだと思うんですが、これは凄いです。家族を残して来た青山の我が家の宿舎の前の通りなんかもバッチリです。マウスでグリグリと角度なども変えられますし、画像も思いっ切り鮮明です。私のような家族と離れて暮らす単身赴任の者にはとっては有り難いといえます。ぜひ、試してみて下さい。でも、通りを歩いている人の顔や自動車なんかまでバッチリ見え過ぎますから、プライバシーの侵害にならないんでしょうか?
もちろん、見られる通りには限りがあり、日本国内でいうと、北から、札幌・小樽、函館、仙台、首都圏、京阪神から淡路島だけです。名古屋は入っていませんし、九州や長崎なんかが入るのは気の長い話なのかもしれません。でも、私が生まれ育った京都の家から最寄の駅や駅前商店街は入っていますし、母校の京都大学もチラリと見えます。都会を移り住んで来た私なんかには知ったところを見るのに便利です。田舎にしか住んだことがなくて、都会や外国にも余り行かない人は都会歩きをバーチャル体験して楽しむという用途なのかもしれません。なお、ひとつだけ不思議なのは、米国の首都であるワシントン DC が入っていないことです。私は20年ほど前に連邦準備制度理事会 (FED) のリサーチ・アシスタントをしていて、ホンの2ヶ月ほど C ストリートにある FED 本部に通っていたんですが、これが見られません。やっぱり、安全保障上の理由だったりするんでしょうか。よく分かりません。

(2) ブログ通信簿
これもいろんな人が試しています。ブログの URL を入れると下のような通信簿が出て来るサービスです。私の結果は以下の通りです。

ブログ通信簿

私のブログはほぼ毎日更新していますから、マメ度が高くなっています。公務員として控えめな主張が多いせいか、主張度は低くなっています。その他は標準的なのかもしれません。ブログの内容をどう判断しているのか知りませんが、私は「図書委員」タイプで、将来は「経済評論家」を目指すようオススメされています。大学教授という選択肢はないんでしょうか?
このサービスが面白いのは、自分のブログだけでなく、URL さえ分かっていれば、他の人のブログの通信簿も入手できることです。ID やパスワードは必要ありません。のぞき見趣味かもしれませんが、ヨソさまのブログの通信簿を見て自分のと比較するといった用途もあるかもしれません。

(3) お前さんをチェックします【CHECK iT!】
これは私のマイミクさんが日記で紹介していたもので、第1弾から3弾まであり、好みの女性、好みの男性、お笑いの相方をチェック出来ます。15問の質問に答えると回答が出ます。私は当然ながら好みの女性を選んで質問に答えました。結果は以下の通りです。

まず、ロリコン属性評価ですが、あなたの場合割と大人な女性が好みですか?セクシーという言葉に弱そうです。
次に知的属性評価ですが、異常なまでに知的でないと困るようです。よく言えば知的ですが、このレベルだと危険水域です。
そして、大人しく一歩引いてくれるような女性を求めています。二人きりでは良く話すようなタイプが好みです。
女性の胸に関しては、こだわりはあまり無いようです。適度なふくらみがあれば文句は言わないタイプです。

さて、見た目からみた性格的な傾向ですが、特にどちらでもなさそうです。優しそうな女性に憧れる場合もあれば、ハッキリしたキツめの女性も好きになります。
外見的な部分で言うと、女性の身長にはほとんどこだわりはなく、高くても低くても自分より小さければ良いようです。
髪型にとくにこだわりはなさそうです。

そんなあなたにオススメなのは…

1位 田中麗奈 (260.2点)
2位 井上真央 (259点)
3位 西川史子 (258.8点)

自己評価ですが、ロリコン属性が全くないのはその通りです。知的属性はやや高いと自覚していたんですが、異常なまでの危険水域とは知りませんでした。その他の胸や性格や身長や髪型には、ほとんど何のこだわりもないという評価は、やや情けない気もしますが、当たっているかもしれません。身長は自分より小さければそれでよいとのことですが、私は男の中でもそれなりに高い方なので、ほとんど関係なさそうな気がします。要するに、知的でさえあれば、後は何でも構わないという評価のようです。そんなにコマめにチェックしているとは思いませんが、女房がこのブログを見たら大笑いしそうな気がします。なお、最後のオススメ3人は特段のコメントを控えます。

Professor Yoshioka Street

最後に、大学教授就任祝いとして友人からもらった画像です。Professor Yoshioka Street なんてモノが存在するとは思いませんから、何かのハメ込みなんだろうと思いますが、UFO にせよ、宇宙人にせよ、存在しないことを立証するのはやたらと難しいので、ひょっとしたら、こういう名称の通りがどこかにあるのかもしれません。たぶん、ネット上で文字列を指定してこういう画像を作ってくれるサービスがあるんだろうと予想しています。でも、そういうサイトだと片隅に宣伝の URL が入っていたりするんですが、この画像にはありません。いずれにせよ、ご存じの方があれば教えて下さい。

のんびり過ごす週末にネットで遊べるトリビアな日記でした。
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2008年07月29日 (火) 19:53:00

日本に初めてオリンピックのメダルをもたらした競技とは?

今日も、いいお天気で気温も上がって、毎日蒸し暑い日が続いています。変わり映えのしないお天気ですが、日本の夏を感じます。

北京オリンピックのロゴ

今日は失業率の統計が発表されましたが、今夜のエントリーでは取り上げません。またまた、オリンピックの話題です。我が家で購読している朝日新聞ではオリンピックの開会式までのカウントダウンが始まっており、いよいよ北京オリンピックの開会式の8月8日まであと10日と迫りました。大いに盛り上がって来ているようです。私のこのブログでも、7月に入ってからだけでも、7月3日にはメダル獲得数の予想、7月12日にはメダルのデザインと記念紙幣なんかを取り上げており、今夜のエントリーでは知っている人が少ないと私が感じている、オリンピックにおいて日本が初めてメダルを獲得した競技に関するトリビアな日記です。
まず、正解はテニス競技なんですが、日本が近代オリンピックで初めて獲得したメダルがテニス競技だったことを知る人は少ないと思います。日本人が初めてメダルを獲得したオリンピックは1920年の第7回大会で、アントワープにて開催されました。獲得したメダルは銀メダルが2個で、どちらもテニス競技で獲得したメダルです。シングルスで熊谷一弥選手が、ダブルスで熊谷一弥選手と柏尾誠一郎選手のペアが銀メダルに輝いています。熊谷選手と柏尾選手の2人はウィンブルドン大会のチャレンジ・ラウンドのファイナルでビル・チルデン選手と名勝負を繰り広げた清水善造選手なんかとともに、前世紀20世紀初頭の我が国テニスの黎明期に活躍した名選手で、テニスをやる私なんかからすれば神様みたいな人達です。メダルは取っていませんが、清水選手はウィンブルドン選手権での対戦で、チルデン選手が転倒した際に、起き上がって打ち返せるような、ゆっくりとした球を送ったことで広く知られています。私は小学生のころに道徳か何かの教科書で見た記憶があります。その名も『やわらかなボール』という伝記のような本も出ています。
名前を挙げた3人について、熊谷選手は慶応義塾大学から三菱合資会社銀行部(後の三菱銀行)、柏尾選手と清水選手はともに東京高等商業学校(後の一橋大学)から三井物産です。なお、出身校や職場からして、柏尾選手と清水選手がペアを組むのが自然な気がしないでもないんですが、実は、熊谷選手と柏尾選手はともに米国のニューヨーク勤務、清水選手はインドのカルカッタ勤務だったことが関係しているようで、20世紀初頭の交通の発達していない時期に、この地理的な隔たりは大きかったのであろうことが容易に想像されます。生まれ年は熊谷選手が1890年、清水選手が1891年、柏尾選手が1892年ですから、ほぼ同世代といえます。ついでながら、チルデン選手は1893年生まれです。この当時の日本のテニス界はいわゆる軟式テニスの世界で、熊谷選手はまだウエスタングリップだったそうですし、清水選手のフォームは逆足であったといわれています。まさに我が国テニスの黎明期です。当時のテニスの名門校は東京高等商業学校と東京高等師範学校(後の東京教育大学、筑波大学)の両校だったんですが、この二強に早稲田大学と慶応義塾大学が割り込んで来て、両校の覇権を脅かしつつあった時期だそうです。
さて、オリンピックに戻って、熊谷選手はシングルスのファイナルで南アフリカ出身のルイス・レイモンド選手と対戦し、惜しくも負けました。どちらも左利きのサウスポー対戦だったようです。ダブルスの熊谷・柏尾組は英国のマックス・ウーズナム&ノエル・ターンブル組にやっぱりファイナルで敗れます。後日、熊谷選手はシングルスの銀メダルについて「日本代表選手として勝つべき試合に敗れ、悲憤痛恨の涙に暮れた」と回想しているそうです。私にはとっても立派な成績に見えるんですが、当時の熊谷選手は全米ランキング3位に位置しており、ファイナルの相手だったレイモンド選手よりも格上であったことに加え、柏尾選手とペアを組んだダブルスのクオーターファイナルでルイス・レイモンド&ブライアン・ノートン組に勝利を収めていたことから、このような発言になったと伝えられてます。いずれにせよ、オリンピックのテニス競技で銀メダルを取ったんですから、現在の我が国テニス界のレベルからは考えも及びません。1920年といえば、昭和の前の大正の御代ですから、我が国テニスの黎明期において、オリンピックの銀メダルに輝いたり、ウィンブルドン選手権のチャレンジ・ラウンドのファイナルまで進む選手がいたんだということは、ある意味で、驚くべきことだという気もします。
私が知る範囲では、女子の伊達公子選手なんか別として、最近の我が国テニスの男子選手の最高の成績は1995年のウィンブルドン大会における松岡修造選手のクオーターファイナルではないかと思います。中継ではなくニュースか何かで見たんではないかと覚えていますが、勝ってクオーターファイナル進出を決めた時、松岡選手はコートを走り回り、最後はコート上で大の字になって空を仰いでいたりして、かなり大げさに表現していたことが記憶に残っています。私は同じ日本人としてやや恥ずかしく感じたんですが、もしも、松岡選手がオリンピックで銀メダルを取ったりしたら、興奮してもっと突飛なことを始めそうな気もしないでもありません。オリンピックの銀メダルとは、それほどスゴいことだと思います。なお、ウィンブルドン大会以外のグランドスラム選手権に関しても、1918年の全米選手権で熊谷選手はセミファイナルまで勝ち進んでいて、松岡選手のクオーターファイナルを上回っていたりします。

今夜のエントリーでは、失業率統計をほったらかしにしつつ、北京オリンピックの開会式を10日後に控えて、我が国のオリンピックの歴史をひも解き、我が国に初めてのオリンピックのメダルをもたらしたのはテニス競技であった、という割合と知られていない事実に関するトリビアな日記でした。100年近い昔の日本の男子テニスは強かったんです。

このエントリーから2-3日の間、ブログの更新をストップします。すぐに再開しますので、ご容赦下さい。
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2008年05月29日 (木) 21:21:00

html エディタを探す

今日は、朝からでした。ほぼ1日中降り続きました。気温はここ2-3日に比べて上がらなかったんですが、湿度が高くて出歩くと蒸し暑かったです。

私のブログ以外に、我が家では独自ドメインでホームページを運営しています。かわいい子供達の写真を中心にしたアルバムです。とってもかわいいので世界に広めたいと思っています。このため、このブログのサイドにもリンクを置いてあります。冗談は別にして、ホームページを運営しているわけですから、ブログほどお手軽ではなく、デジカメ写真を用意するほかに、html ファイルを作成して ftp クライアントでリモートのサーバにアップロードする必要があります。それなりに手間はかかります。1年余り前の2007年2月5日の「FrontPageは発売終了」と題するエントリーで取り上げた通り、昨年の6月に Windows Vista に買い換えるまでは、Microsoft の FrontPage という、それなりの高級な html エディタを使っていたんですが、その後、html エディタのいいのを探していました。しかし、これまた昨年2007年7月25日のエントリーに書いた通り、html 4.0 の非推奨タグとの関係で、WYSIWYG エディタはどんなタグを使っているかが判然としないので不安もあって、結局、大昔の方式に戻って、テキストエディタを使って html を編集することにしました。最近では先週末に小学校の運動会がありましたので、そのアルバムを作成しました。コチラにあります。
しかし、フツーのテキストエディタを使っていて、もっとも不便なのは文法チェックをしてくれないことです。私は html に関する知識は十分にあるつもりでしたし、ブログの css を書き換えて見た目をカスタマイズするくらいはお手の物で、昨年2007年8月27日付けのエントリーで紹介したように、Google Maps なんかも自由自在なんですが、最近も、運動会のアルバムを作成した後で、トップの index.htm ファイルでトンデモない文法ミスを発見して、書き直したりしていました。人間のやることにミスはつきものです。でも、ブラウザの方では好意的に解釈してくれていたのか、見た目は変わりありません。さらに、私は BASIC で少しプラグラムを組んだりもしますので、ソースの見た目は重要だと思っています。職場の同僚のホームページを教えてもらって、いきなり右クリックでソースを見たこともあります。ですから、文法チェックをしてくれるタグ挿入式の html エディタを探しています。必要と考える条件はたくさんあるんですが、取りあえずは以下の通りです。

  1. 文法チェック

  2. タグ=要素や属性を色分け

  3. sjis 以外の文字コードに対応

  4. 別窓でもいいのでブラウザと同じようなプレビューが出来る

  5. 出来れば、SDI よりもタブ式の MDI

現在は、SDI ながら、フリーソフトのCrescent Eve がいいのかもしれないと思い始めているところなんですが、いろいろと探している最中です。どなたか、オススメがあれば教えて下さい。
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2008年02月08日 (金) 21:02:00

ついつい増えるブログのサイドのご紹介

今日も朝から冬晴れのいいお天気でした。今朝はくしゃみで目を覚ましました。いよいよ、本格的に花粉が飛び始めた気もします。気温は昨日よりも下がったものの、そこそこ上がったように思います。風も昨日よりは弱まったような気がしないでもありません。

先月にブログのテンプレートを変更してから、ここ2週間ほどで、いろいろとサイドにブログパーツを置いてみましたので、今夜は、このブログのサイドについて、週末前の軽い話題として取り上げたいと思います。
まず、このブログのサイドは長いです。子供達の画像アルバムがいっぱいあるからです。従って、サイドよりも記事の方が短いとカッコ悪いので、ついつい、記事の方も長くなってしまいます。その長いサイドの中でも、カレンダー、カテゴリー、新着エントリー、リンク、コメントにトラックバック、検索なんかはレンタル先から提供されているのをそのまま使っています。特に趣向を凝らすことも考えていません。ですから、逆に、レンタル先のご提供から外れるのは、時計、プロファイル、ビデオ、ダイエットグラフ、のだめカンタービレになんでも鑑定団と星占い、最後に、アルバムへのリンクとなっています。時計は少し前まで、かの有名な NHK 時計を使っていたんですが、もっといろんな色調のが欲しいと思って変更しました。サイドの中で特に我が家だけで完結しているのはアルバムへのリンクです。我が家の画像中心のホームページの画像を参照しているだけで、JavaScript やフラッシュ・ファイルなんかは使っていません。割合と最近に、ついつい追加しえてしまったのは、のだめカンタービレ、なんでも鑑定団、星占いの3つです。一応、何らご参考までにこのブログで使っているブログパーツのレンタル元は以下の通りです。

  1. 時計
    Flashbucks - フラッシュバックス

  2. プロファイル
    So-net ブログクルーザー

  3. ビデオ
    YouTube

  4. ダイエットグラフ
    Seesaa ブログ

  5. のだめカンタービレ
    バンプレスト

  6. なんでも鑑定団
    なんでも鑑定書β

  7. 星占い
    Locmag

まず、Flashbucks - フラッシュバックスのサイトには時計だけでなく、フォトアルバムやメッセージボードなどのフラッシュ素材がいっぱいあります。NHK 時計なんかそうなんですが、JavaScript でどこかのサイトにあるフラッシュ・ファイルを参照するのではなく、ファイルをダウンロードして自分のブログにアップして使う方式ですから、例えば、時計をどこかからレンタルしていても、そのフラッシュ・ファイルを置いてあるサイトがダウンしていてエラーになることもありません。次に、プロファイルで使っているSo-netのブログクルーザー名刺の部分だけです。名刺の明日のテキストは自分で書いていたりします。たいていのブログのサイドは html タグが自由に使えますので、太字にしたり下線を引いたりしています。名刺をクリックすると So-net ブログクルーザーの私のプロファイルのサイトが別ウィンドウで開いたりします。3番目に、ビデオは超有名な YouTube にアップしてあるものです。ジャカルタにいたころの幼稚園のお遊戯系と渋谷の電力館、昨年のゴールデンウィークに京都に行った折の太秦映画村での子供達の時代劇の扮装です。それから、ダイエットグラフSeesaa ブログのをそのまま使い、一昨年の12月からですから足かけ3年にわたって体重と体脂肪率を記録しています。5番目に、のだめカンタービレは正月特番の海外ロケを見て興味を引きました。バンプレストから発売されている PS2 用のゲームのプロモーションを兼ねているようです。次に、なんでも鑑定団は、もともと、mixi の自己紹介欄に置いていたなんでも鑑定書βからのレンタルなんですが、ブログ用のも開発されたようなのでサイドに置いてあります。意味なくシュールな鑑定結果が好きなので、毎日のようにクリックしています。最後に、Locmag からレンタルしている星占いについては、我が家は星占いが好きで、2年前の2006年1月27日のエントリーでも紹介したように、毎朝、我が家ではテレビ朝日のきょうの運勢「教えてお星さま」を見ながら朝食をとるのが習慣になっていたりしますので、それらしいのをブログのサイドにも置いてみました。私とおなじ乙女座の下の子が時折クリックしています。

おもしろいブログパーツがあれば、これからも追加したいと思います。でも、これ以上サイドが長くなるのも困りものだという気がしないでもありません。Google Maps API を取り上げた昨年8月27日付けのエントリーの前例にならって、トリビアな日記に分類しておきます。
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2007年11月19日 (月) 20:11:00

週末にブログのテンプレートのスタイル・シートを変更する

今日も、朝から秋晴れのいいお天気だったんですが、昨日の木枯らし1号に続いて、今日は気温が大幅に下がり、日本海側では雪が降っている地方もあるようです。東京でも真冬並みの寒いお天気の一日で、私はコートを出そうかと思ったんですが、取りあえず、マフラーだけで済ませました。まだまだ、男性でコートを着ている人は少ないような気がしますが、寒い日が続けば、私もコートを着用に及びたいと思います。段々と朝起きるのがツラい季節に入ってきたような気がします。

この週末は子供達がアチコチと忙しく出かけたので、逆に、私の方は時間的な余裕があり、ミラーの方も含めてブログの表示をいろいろと試してみたりしました。特に、ミラーのココログの官庁エコノミストの日記は、プロが作成・配布しているのを参考に、我が母校の京都大学をイメージしたテンプレートを自作してみました。ネットから画像を集めて、スタイル・シートなんかを工夫しました。私はデザインのセンスが悪いのでかなり苦労させられました。おヒマがあればご覧下さい。
出来合いのテンプレートで、出来合いのスタイル・シートしか利用できないブログもあるんでしょうが、工夫すれば、さらに、それなりの html に関する知識は必要ですが、かなりの程度、見栄えを変えることは可能なブログが多いような気がします。スタイル・シートだけではなく、 html そのものを編集出来ると表示項目そのものを変えることも可能です。デザインについてはセンスの問題なので、評価は分かれるんでしょうが、それなりに凝ったテンプレートも可能だと思います。特に、私のブログの特徴から、テンプレートのスタイル・シートについて重視しているのは重要と考える順に以下の7点です。

  1. フォント
    一応、私は国際派エコノミストではないかと考えないでもないので、場合によっては英語を使ったりします。今まで、英語だけでなく、フランスの Le Monde から仏語、チリの El Mercurio から西語の引用をしたこともあります。これは歴史的事実です。ですから、日本語フォントでアルファベットを表示するのではなく、欧文フォントを使いたいと思わないでもありません。 html のスタイル・シートでは表示フォントの優先順位を指定できます。私のブログでは Times New Roman にトップの優先順位を与えている場合が多いです。マシンによって欧文フォントがなかったりする場合は、それ以外のフォントで表示しますし、もちろん、日本語はデフォルトに指定されているフォントで表示されます。

  2. 行間設定
    私のブログでは強調のために大きなフォントや色付きで表示する場合があります。少し前までは多用していたんですが、今では厳選して使うようにしていたりします。その昔に、主婦の友社から発行された「金魂巻」という本があり、マル金、マルビなどの流行語を生み出したんですが、この本の影響かもしれません。それはともかく、ブログのテンプレートで行間が固定されていると、フォントを大きくした場合に詰まってしまいますから、私は通常はフォント大きさの1.5倍で行間を指定しています。 html のスタイル・シートでは line-height の属性で指定します。しかし、私は 1.5 も 150% も 1.5em も同じだと理解していたんですが、ブラウザによる見え方の違いからか、1.5 で指定しないとダメだということに、最近ようやく気付きました。

  3. 引用文の体裁
    新聞記事なんかを引用する場合、著作権の観点からも引用であることが明確に分かる形で引用したいと考えています。さらに、私の場合は引用元にリンクを張るようにしています。 html では blockquote タグが使えますから、引用した部分を枠囲みしたり、背景色を通常とは違えたりするのもスタイル・シートで設定します。なお、私の場合はフォントを小さめのイタリックにする場合が多いんですが、これはスタイル・シートではなく、直接にエントリー本文で指定しています。

  4. リスト項目の体裁
    エントリーで文章を書き連ねて行くよりも、箇条書きで整理する方が見やすい場合もあります。ブログ特有の事情ではなく、通常の社会一般で作成する文章全部に言えることかもしれません。ですから、番号付きの箇条書き、番号なしのリストも私はよく使います。 html では番号付きの ol タグや番号なしの ul タグに li タグを組み合わせて使います。テンプレートの中には ol タグと ul タグを区別しないようなデフォルトの設定になっているものもありますし、適切な左余白が置かれていない場合もあったりしますから、テンプレートによっては自分で修正することもあります。

  5. サイドのリンクの下線
    デフォルトの html ではリンクは青色のテキストで下線付きで表示されます。でも、サイドにはバックナンバーとして月別のエントリーへのリンクがあったり、カテゴリー別のエントリーへのリンクが置いてある場合が多いです。私のブログの場合は、アルベムへのリンクが長々と続いたりしています。リンクを示すサイドのテキストにいちいち下線がついているのは、私にはわずらわしく見える場合もあります。ですから、スタイル・シートでテキストの色を指定するついでに下線は消しています。マウスでポイントした時だけ下線が現れるようになっています。もっとも、エントリー本文のリンクは分かりやすいように常に下線を引いています。まあ、このあたりは趣味の問題です。

  6. エントリーの背景
    背景色はなるべく白っぽい色にしています。どうしてかと言うと、グラフや表が必要な場合、私はネットから画像を拾って、透過 gif に変換して使っているんですが、背景色が濃い色だと見えにくい場合が多いからです。特に、経済評論の日記の場合は、最近、景気の転換点を探るためにも熱心に図表を掲載しています。この場合、真っ白でなくても、透過 gif が見やすい背景色にするのも、スタイル・シートで簡単に変更することが出来ます。

  7. エントリーの横幅
    テンプレートの中にはエントリー本文の横幅が狭いものもあったりします。私は 200 ピクセルに縮小表示した子供達の写真を並べて置くことがありますから、最低でもエントリー本文の横幅が 420 ピクセルくらい欲しいところです。写真だけでなく、先週には GDP 統計の表を置いたりしましたが、これもある程度の横幅を要します。このため、エントリーの横幅が制約される可能性が高いという意味で、3カラムのテンプレートは避けていますが、それでも横幅の狭いテンプレートの場合はスタイル・シートで横幅を広げたりします。

週末に少し苦労したので、その経験を活かして、今夜のエントリーはブログのテンプレートのスタイル・シートに関するトリビアな日記でした。
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2007年11月14日 (水) 20:04:00

モンティ・ホール問題の周辺事情をひも解く

今日も、朝から秋晴れのいいお天気で陽射しもありました。この季節にしては気温も昨日と同じくらい高くなり、20度を超えたようです。今しばらく、いいお天気は続くものの、明後日の金曜日ころから気温は下がるとの天気予報です。

先日、11月3日の文化の日に一家そろって筑波大学付属中学の学芸発表会を訪れた際のエントリーに、数学科の展示室で中学1年生の研究発表でモンティ・ホール問題が正しく解説されているのを見て、私は感激してしまったと書きましたが、今夜のエントリーでは、このモンティ・ホール問題を取り上げようと思います。もっとも、私はモンティ・ホール問題を正しく、かつ、分かりやすく解説する能力はそんなにないので、周辺のトリビア情報をひも解きたいと思います。
まず、モンティ・ホール問題とは何かなんですが、一言でいうと、その名もモンティ・ホール (Maurice "Monty Hall" Halperin) というオジサンがホストとして司会者を務める米国の視聴者参加型のテレビ番組 "Let's make a deal" に由来する確率の問題です。どうでもいいことですが、この番組は米国の3大ネットワークのひとつである NBC で放送されていて、今も続いています。43年の歴史があったりします。さて、その番組では視聴者から選ばれた出演者がクイズを勝ち抜くと、最後のチャレンジとしてゲームに挑みます。この最後のゲームが曲者なわけです。扉が3つあり、そのうちのひとつには豪華商品の自動車があるんですが、残りの2つはハズレでヤギが草を食べています。番組に参加しているゲストは豪華商品を目指して、そのうちのひとつの扉を第1回目の選択として選ぶんですが、ゲストが選択した後で司会者がハズレの扉をひとつ開けます。当然、ヤギがいます。司会者がハズレの扉を開けた後で、もう一度ゲストが開けられていない2つの扉のうちのどれかを選ぶ第2回目の選択のチャンスが与えられます。ここで扉の選択を変更する方がいいのか、変更しない方がいいのか、あるいは、変更しても変更しなくても同じなのか、がモンティ・ホール問題と呼ばれる確率の問題なわけです。
一見すると、自動車が残った2つの扉の向こうにある確率は、どちらの扉でも 1/2 ずつで同じように見え、2回目の選択でゲストが扉を変更してもしなくても、豪華賞品の自動車が当たる確率は同じだと思われがちです。しかし、結論を先に言うと、数学的な確率論からすれば、司会者がハズレの扉を開けた後の2回目の選択で、ゲストが扉を変更すれば、自動車が当たる確率は2倍になります。これを鋭く指摘したのが、日曜版新聞の折込み雑誌である Parade 誌"Ask Marilyn" なる商標登録までされたコラムを担当している Marilyn vos Savant 女史です。"Ask Marilyn" は日本語にすれば、「マリリンに訊いてみよう」といったところでしょうか。このモンティ・ホール問題に対する正しい回答が掲載されたのは1990年9月9日付けの Parade 誌だったそうです。しかし、このコラムでの回答は完全に正しいにもかかわらず、私が知る範囲でも、ジョージ・メイソン大学、フロリダ大学、ミシガン大学、ジョージタウン大学などのそうそうたる大学の数学教授が、2回目の選択で扉を変更すれば自動車が当たる確率が2倍になるという Marilyn vos Savant 女史の回答は間違っているとクレームを寄せ、一気にモンティ・ホール問題が有名になりました。これらのクレームに対して、Marilyn vos Savant 女史は小学校の教師に対して算数の授業で実験してみて欲しいと呼びかけたところ、経験的 (empirical) には Marilyn vos Savant 女史が正しいとの結果が続々と寄せられました。当然です。ちなみに、この Marilyn vos Savant 女史がどういう人かというと、当然ながら、ごく普通の一般ピープルが "Ask Marilyn" なんてコラムを担当するハズもなく、実は、1986年から89年まで世界でもっとも IQ の高い人物としてギネスブックにリストアップされていた人物なんです。諸説あるんですが、一説には IQ 230 とも言われています。そして、ギネスブックに載った1986年から Parade 誌の "Ask Marilyn" のコラムが始まっています。私が数日前に Parade 誌の "Ask Marilyn" のサイトを拝見した折には、小学校高学年の我が家のおにいちゃんが取り組んでいるような、旅人算みたいな質問が寄せられたのに対して、実に分かりやすい見事な回答が与えられたりしています。もちろん、今どきのことですから、 Marilyn vos Savant 女史のホームページが開設されていたりしますし、Parade 誌では電子メールで質問を受け付けていたりするようです。

今夜のエントリーの眼目である周辺事情はこれくらいなんですが、一応、2度目の選択で扉を変更した方が自動車の当たる確率が2倍になるというモンティ・ホール問題を直感的に解説すると、 Wikipedia から図を拝借して、以下の通りとなります。

モンティ・ホール問題における1回目の選択



モンティ・ホール問題における2回目の選択


要するに、上の図にある通り、3つの扉がいずれも開かれていない1回目の選択の時点では、各扉に自動車がある確率はそれぞれ同じで 1/3 ずつであることは明らかで、別の見方をすれば、ゲストが選んだ扉の確率が 1/3 で、それ以外の2つの扉の確率の合計は 2/3 ということになります。ここがポイントです。司会者がハズレの扉を開けた時点でも、この 1/3 と 2/3 の確率の配分に違いはないハズで、ゲストが選んだ扉の確率が 1/3 で変化ないのに対して、開かれた扉の確率がゼロに落ちることから、残された扉の確率が 2/3 をそっくり受け取って跳ね上がる、ということになります。結局のところ、最初に選択した扉の確率は 1/3 のままで、もう一つの扉を選ぶと確率が 2/3 に上がりますから、扉の選択を変更すると当たりの確率が 2 倍になるわけです。なお、私は先にリンクを張っておいたモンティ・ホール問題に関する Wikipedia のページとともに、トロント大学ローゼンタール教授の「運は数学にまかせなさい - 確率・統計に学ぶ処世術」も参考にしました。本の方は確率や統計にご興味ある方にはオススメしないでもないんですが、著者が意図したであろうほどには一般向きではないような印象もあります。私は購入しましたが、買う本ではなくて借りる本かもしれません。ご自分でご判断下さい。

「運は数学にまかせなさい」: ハヤカワ・オンライン
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2007年08月27日 (月) 21:47:00

Google Maps API を使ってブログに地図を表示する

今日も朝からいいお天気で、それなりに気温も上がりましたが、猛暑日というほどではありませんでした。

このところ、 Google Maps API を勉強して、ブログに地図を貼り付けたりしています。最初は、我が家の近くのこどもの城の地図を、レンタルしているブログに付属していたのを使っていたんですが、最近では、海水浴に行った先とか、遊びに行ったとしまえんの地図を貼り付けています。いままで使った地図は以下の通りです。

  • こどもの城



  • 内房の海水浴場



  • としまえん


基本的には、 Java Script のプログラミングですから、難しいと言えば難しいし、やさしいと言えばやさしいものです。私のようなシロート以上でプロ未満のアマチュア・プログラマーにはちょうどいいレベルのような気がします。そこで、今夜のエントリーはGoogle Maps API の簡単な使い方と作り方について、自分なりのメモを残しておこうと思います。先月の html 4.0 のメモみたいなもんです。関係ない人には関係ないと思います。

まず、手順です。
  1. Google Maps API のkey を取得する。
    Google Maps API のページから取得できます。地図を貼る URI ごとに異なる key が付与されるようですが、ローカルで見る範囲では必要ないみたいです。

  2. サンプル・プログラムを入手する。
    key を取得すると、同時にサンプル・プログラムがもらえます。ただし、日本語だけの注意点なんですが、charset、すなわち、文字コードを日本語のデフォルトである s-jis ではなく、 utf-8 にする必要があります。サンプル・プログラムの html のメタ部分や Java Script のヘッダで、そのように指定してありますので、実際の html ファイルを utf-8 で保存できるテキストエディタが必要です。何のことだか分からない人は、このあたりで脱落します。

  3. 操作ボタンを配置する。
    ズーム、スクロール、概要マップ、標準地図と衛星写真の切替え、なんかのボタンを趣味に応じて配置します。また、マーカーも表示したりします。詳しくは後述します。

Google がくれるサンプル・プログラムそのままではそっけない地図になりますから、上のリストにも書きましたが、操作ボタンなんかを配置します。でも、その前に、地図の中央とズーム比を決めるところから始まります。それから、私が好きなボタンなどを以下に取り上げます。

  1. 地図の中央とズーム比率を決める。
    緯度と経度で指定します。緯度については北緯がプラス、南緯がマイナス、経度については東経がプラス、西経がマイナスです。ズーム比は数字が小さいほど広域地図になります。
    こどもの城の例は以下の通り、北緯35.66239度、東経139.70749度、ズーム比は15です。
    var point = new GLatLng(35.66239, 139.70749);
    map.setCenter(point, 15);

  2. 中央にマーカーを配置する。
    var mp = new GLatLng(point.lat() , point.lng() );
    var marker = new GMarker(mp);
    map.addOverlay(marker);

  3. ズームとスクロールのボタンを左上に配置する。
    map.addControl(new GLargeMapControl());

  4. 地図・衛星写真・ハイブリッドの切替えボタンを右上に配置する。
    map.addControl(new GMapTypeControl());

  5. 右下に概要地図を表示する。
    私はこれは好きではないので、通常は使いません。
    map.addControl(new GOverviewMapControl());

  6. 地図の初期タイプを決める。
    地図・衛星写真・ハイブリッドの初期表示を決めます。当然、3種類あります。
    map.setMapType(G_NORMAL_MAP);
    map.setMapType(G_SATELLITE_MAP);
    map.setMapType(G_HYBRID_MAP);

もちろん、サンプル・プログラムを見れば、大きさを width と height で設定したり、表示位置を margin や padding を使ってピクセル単位で指定することも出来ます。上の写真は list タグで整理してから、400*400 で表示してあります。しかし、インパクトのある素材ではあるんですが、ブログを開くのが重くなってしまうのは欠点です。頻繁に使うべきではないのかもしれません。
何となく、ネタ切れの今夜は、Google Maps APIに関するトリビアな日記です。
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2007年08月23日 (木) 20:17:00

ラテン語の格言

今日は朝からが降った後、昼前からいいお天気になりました。でも雲が広がり、気温は上がりませんでした。今日に限っては、電力のピンチは大丈夫そうです。

最近、ブログのヘッダにラテン語の格言を配置しました。私はチリに3年間住んでいて、少しはスペイン語を理解するので、雰囲気くらいはラテン語を理解しないでもありません。在チリ大使館に勤務していた時、当時の早稲田大学の総長がチリに出張で来られて、なぜか、文化担当の書記官ではなく、私がご案内申し上げたことがあります。昨年の9月に亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。たしか、中世のキリスト教哲学か何かがご専門だったと記憶しているんですが、ラテン語の読み書きが出来るので、スペイン語も少しは理解できないでもないとのことでした。スペイン語にとってのラテン語とは、日本語の古文に当たるのかもしれません。
だからと言うわけでもないんですが、ずいぶんと前、昨年2006年5月23日のエントリーでは、ホッブズの有名な「万人に対する万人の闘争」(bellum omnium contra omnes.) を引用したりしたことがあります。さらに、最近、ブログのヘッダをラテン語にしてみました。意味なんかは以下の通りです。なお、蛇足ながら、ラテン語は文頭を大文字にすることはないと記憶しています。

  • orare,studere,gaudere,neminem laedere,non temere credere,de mundo non curare.
    祈り、学び、喜び、何人をも害せず、軽信せず、世間に頓着せず。

イタリア中部のシエナ大学の校是だそうです。内容だけでなく、ラテン語ですから当然なんですが、1人称単数に活用された動詞の語尾がテンポよく聞こえます。最高学府らしい重厚かつ洒脱な校是だと思います。私は大好きです。それから、同じく校是で、作者が作り出した架空のものかもしれませんが、ローリング女史が著したハリー・ポッターの学ぶホグワーツ校の校是もラテン語で、紋章に記載されています。以下の通りです。

  • draco dormiens numquam titallandus.
    寝ているドラゴンはくすぐるなかれ。

上の2つも入れていますので重複していますが、私の好きなラテン語の格言は以下の通りです。アルファベット順に並んでいます。

  1. aequam memento rebus in arduis servare mentem.
    難局にあっては平静さを保つことを心がけよ。

  2. amici in rebus adversis cognoscuntur.
    友人は逆境において認識される。

  3. beatus non qui habet, quae cupit, sed qui non cupit, quae non habet.
    自分がほしがっているものを持つ者が幸福なのではなく、自分が持っていないものをほしがらない者が幸福なのだ。

  4. caeca invidia est.
    嫉妬は盲目である。

  5. citius, altius, fortius.
    より速く、より高く、より強く。  ←  近代オリンピックのモットーです。

  6. cogito, ergo sum.
    我思う、故に我あり。  ←  デカルトの言葉として有名です。

  7. draco dormiens numquam titallandus.
    寝ているドラゴンはくすぐるなかれ。

  8. ex oriente lux,ex occidente lex.
    光は東方から、法は西方から。

  9. facta, non verba!
    言葉ではなく行為!

  10. fiat justitia, ruat caelum.
    正義を行うべし、たとえ天が崩壊するとも。

  11. ira furor brevis est.
    怒りは短時間の精神異常である。

  12. jacta est alea.
    賽は投げられた。  ←  カエサルの言葉として有名です。

  13. libenter homines id quod volunt credunt.
    人間は、望むことを喜んで信じる。

  14. memento mori.
    死ぬことを忘れるな。

  15. natura nihil fit in frustra.
    自然は無駄なことはしない。

  16. non uno die Roma aedificata est.
    ローマは1日にしてならず。

  17. omnia eunt more modoque fluentis aquae.
    万物は流れる川のように移ろいゆく。

  18. orare,studere,gaudere,neminem laedere,non temere credere,de mundo non curare.
    祈り、学び、喜び、何人をも害せず、軽信せず、世間に頓着せず。

  19. quem di diligunt juvenis moritur.
    神々が愛する者は若くして死ぬ。

  20. quid est veritas? est vir qui adest.
    「真理とは何か?」 「あなたの前にいる人間である。」  ←  ピラトとイエスの問答です。アナグラムになっています。

  21. semper eadem.
    常に変わらずに。

  22. sol lucet omnibus.
    太陽は万物のために輝く。

  23. veni, vidi, vici.
    来た、見た、勝った。  ←  これも、カエサルの言葉として有名です。

  24. verbum sapienti sat est.
    賢者は一言で足る。

  25. vita brevis, ars longa.
    人生は短く、芸術は長い。

  26. vox populi vox dei.
    人民の声は神の声。

まあ、厳密に言えば、17番目と21番目なんかは矛盾するようにも見えたりするんですが、時と場合によって使い分けることも重要だったりします。何年かにわたって、いろんなサイトからちょうだいして来て蓄積しましたので、ひょっとしたら、間違いがあるかもしれません。日銀が利上げを見送って、何となく、ネタ切れの今夜はトリビアな日記にしておきます。
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2007年07月25日 (水) 20:12:00

html 4.0 に従ってタグ=要素を変更する

今日も朝からまずまずいいお天気で、蒸し暑かったです。関東地方でも梅雨明けが近づいているような気がします。我が家の小学生たちは夏休みを謳歌しています。

と言うことで、夏休みとは何の関係もないんですが、私のブログのエントリーの html のタグを html 4.0 に従って書き換えました。もちろん、古いエントリーにさかのぼって書き換えたんではなく、少し前のエントリーから書き換えています。html 4.0 や xhtml では非推奨のタグ、というか、正しくはタグではなく要素と言うのかもしれませんが、使うべきではないとされた要素があります。子々孫々までこのブログを読ませたいとは思いませんが、時代の進歩にキャッチアップするのも重要なことだと思います。今まで、私はブログの本文はレンタル元のエディタに付属した機能ではなく、自分で html のタグを書いて来ました。20年近くも前に html の文法を勉強し、テキスト・エディタで html を編集して来たんですから、その程度のスキルはあったりします。逆に、古い html の文法が身についてしまっていたりもするわけです。
非推奨のタグ=要素とされたのはいっぱいあるんですが、私が今までブログで使ってきたものとしては、 font 要素、 center 要素、 u 要素なんかの文字装飾のための要素が多いような気がします。でも、アンダーラインを引く u 要素はダメなんですが、太字=ボールドにする b 要素やイタリック体にする i 要素がいいのは、使用頻度が高いからという説もあったりします。また、要素ではないんですが、要素の属性でも非推奨のものがあったりします。これも私がブログで使ってきたのは、hr 要素や img 要素の align 属性や border 属性とか、テーブルを組む際の align 属性や bgcolor 属性や hight 属性や width 属性なんかです。要するに、 font 要素をはじめとする個別の文字装飾の要素や属性をヤメにして、span 要素や div 要素なんかのスタイルシートで設定するべきである、との思想に基づいているような気がします。やや疑問に思っているのは、img 要素と table 要素における非推奨と許容される属性の不整合です。すなわち、 align 属性は img 要素でも table 要素でも非推奨である一方、 height 属性と width 属性は img 要素の属性としては許容されているんですが、table 要素では非推奨とされ、 style 属性の中で記述するようになっている一方で、img 要素では非推奨となっている border 属性は table 要素では OK だったりします。やや混乱しそうな気がしないでもありませんので、私は height 属性、 width 属性、 border 属性なんかについては、hr 要素と img 要素とテーブルを組む際のいずれでも style 属性で統一して記述しようと考えています。
これに従って、今回は、必ずしも非推奨にならなかった b 要素や i 要素も含めてスタイルシートで書くことにしました。要するに、 font 要素を使わずに、また、加えて、b 要素や u 要素や i 要素なんかの要素を使わずに、すべてを span 要素や div 要素などの何らかの要素の style 属性で表現することになります。と言うことで、あくまで、自分の備忘録のために、以下のテーブルを組んでみました。なお、コロンの後にスペースを空けるようなことを示唆するサイトもありますが、私は空白ナシで書いています。また、 background は正しくは background-color なのかもしれませんが、 color ナシで十分ですので、私の解釈により短い方を選んでいます。こんなことを言えば、 style 属性の最後のセミコロンは不要なんですが、そこは区切りを明確化するために長くなっても入れていたりします。自分でも不整合だと思うんですが、私は私なりの方法論で実用的に書いていますので、正しくはそれなりのリファレンスをご覧になることをオススメします。
ここまで読んで下さって申し訳ないんですが、関心のない方は今夜のエントリーは無視して下さい。なお、下の表は私が今までにこのブログで使ったことのある要素と属性だけですので、すべての非推奨の要素や属性を網羅したものではありません。念のため申し添えます。

要素属性代替
bspan style="font-weight:bold;"
bigspan style="font-size:large;"
centerspan style="text-align:center;"
divalign="center"div style="text-align:center;"
fontcolor="#ff0000"span style="color:#ff0000;"
size="5"span style="font-size:x-large;"
hralign="center"hr style="text-align:center;"
height="50"hr style="height:50px;"
width="50"hr style="width:50px;"
ispan style="font-style:italic;"
imgalign="left"img style="float:left;"
border="0"img style="border-style:none;"
height="150"img style="height:150px;"
width="200"img style="width:200px;"
palign="left"p style="text-align:left;"
smallspan style="font-size:x-small;"
table
td
tr
align="left"table style="text-align:left;"
bgcolor="#ff0000"table style="background:#ff0000;"
border="1"table style="border-width:1;border-style:solid;"
height="50"table style="height:50px;"
width="50"table style="width:50px;"
uspan style="text-decoration:underline;"
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2007年06月22日 (金) 21:05:00

夏至の日に不快指数から地球環境を考える

今日は朝からが広がり、午前中から雨が降り出しました。梅雨入りしてからほぼ1週間で、ようやく梅雨らしいお天気でした。でも、予報によれば明日は晴れらしいです。

今日は全国的に夏至です。1年で最も昼間の時間が長い日です。東京ローカルのお話ですが、今日こそ雨が降ったものの、今週は昨日までいいお天気が続き、真夏に近い気候が続いていました。お天気がよくて気温が上がり、湿度も高いので蒸し暑かったです。外気温がかなり上がったのか、役所のオフィスには冷房が入り出しましたし、我が家の子供達の通う小学校ではプールが始まりました。
私が子供のころには不快指数と言うものがあり、夏の蒸し暑さを数量的に表現していました。1957年に米国で開発され、59年から米国の天気予報で採用されたそうです。不快指数と言うのは直訳すれば discomfort index で、とっても直接的な表現で分かりやすいんですが、英語ではもう少し客観的な表現で温湿指数 (temperature-humidity index) と呼びます。計算式は以下の通りです。

  • 不快指数 = 0.81 × 温度 + 0.01 × 湿度 × ( 0.99 × 温度 - 14.3) + 46.3

式から明らかなんですが、 の影響は考慮されていません。風があれば不快感はかなり違います。風速1メートルで体感気温は1度下がると言われており、扇風機の中くらいの風なら不快指数は10くらい下がると聞いたことがあります。エアコンがあれば、言うまでもなく、温度も湿度も下げますから、不快指数は劇的に下がります。と言うか、そもそも、不快指数が開発されたのは、暖房や冷房に必要な電力を予測するという目的のためらしいです。でも、当時とはエアコンの普及率なんかも違っていますし、その他の電化製品もいっぱいありますから、最近では電力消費の指標にもならないようです。かなり昔には天気予報で発表していたりしたんですが、今では、気象庁の統計種目には入っていません。ただし、livedoor 天気予報には不快指数コーナーがあったりします。見ている人がどれくらいいるのかは知りません。
米国なんかでは、不快指数が70を超えると不快に感じる人が出始め、75で半数以上が不快感を持ち、80を超すとほぼ全員が不快になる、といわれています。日本人の場合、不快指数が77になると65%の人が、85になると93%の人が暑さによる不快を感じるとの調査もあります。私のようにデブで暑さに弱い人間は、不快指数85でも不快感を持たない7%の人を尊敬してしまいます。なお、大雑把な体感気温との関係は以下の通りです。

不快指数体感
55 未満寒い
55-60肌寒い
60-65何も感じない
65-70快適
70-75暑くない
75-80やや暑い
80-85暑くて汗が出る
85 超暑くてたまらない

上の式で計算すれば、気温20度で湿度50%であれば、不快指数は65となり、ほぼ快適の範囲となります。でも、我が役所のオフィスのエアコンは28度に設定されています。昨年2006年の東京の平均湿度は7月74%、8月69%なんですが、エアコンで湿度を50%まで下げるとしても不快指数は76となり、上の表ではやや暑いに分類されます。地球環境のためには快適の範囲までエアコンをフル稼働するのを慎まねばならないようです。

梅雨らしい雨の降った夏至の日、今は中年以上の人しか馴染みのない不快指数を取り上げて、地球環境を考えるトリビアな日記でした。
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2007年06月04日 (月) 20:55:00

Mii のような似顔絵を描く

今日も朝からまずまずいいお天気でした。しかし、梅雨が近づいている気配を感じさせ、湿度が高かったような気がします。

週末にブログのサイドに置いてあるオンライン名刺の画像をこっそりと変更しました。任天堂の Wii に登場するアバターの Mii を作成する似顔絵チャンネルの機能をエミュレートしたようなサイトがあるので、下の子に私の似顔絵を描いてもらいました。私は幼稚園のころからお絵描きにはまったく自信がありません。下の子は自信満々で取り組んだんですが、基になる私の顔に特徴がないらしく、とっても平凡な中年男の顔が出来上がりました。下の子は調子に乗っておにいちゃんの似顔絵も描きます。そうすると、おにいちゃんも下の子の似顔絵を描いたりしました。兄弟でにぎやかに協力して女房の似顔絵も描いてみました。
我が家が使ったのは海外サイトで、その名も Mii Editor というサイトです。任天堂の Wii にある似顔絵チャンネルで作る Mii はアバターですから、似顔絵だけでなく、二頭身の体の方も含めて作って、Wii リモコンに入れて友人なんかのマシンに持って行けたりするんですが、このサイトでは顔の似顔絵だけを作成できます。もっとも、Mii でもボトムは灰色と決まっており、上半身の色を決められるだけですから、顔だけでも十分なのかもしれません。なお、このサイトで作成した Mii の出来上がりは jpeg でエクスポートできますし、さらに、バイナリで保存したり、xml のテキストでも保存できます。もちろん、保存したデータは同じサイトでロードできますから、修正を施したい場合なんかは便利です。以下のように、Mii Editor のサイトに直リンを張っておきます。クリックすると別画面でサイトが開きます。


ただし、この Mii Editor と次の似顔絵チャンネルのフラッシュは、ともに、Adobe のフラッシュプレーヤーが必要です。Mii Editor のサイトにはフラッシュプレーヤーの 9.0.28.0 または、それ以降のバージョンが必要とノートしてありました。冷たくて申し訳ありませんが、ネットで検索するか、何のことだか分からない人は諦めて下さい。

ものはついでで、いろいろと探していると、もっと Wii の似顔絵チャンネルに近いものを探し当てました。フラッシュで作成されているようです。作者はゲーム系サイト Joystiq のユーザさんらしいです。実際の Wii の似顔絵チャンネルにある、まゆ毛の2ページ目は見つからなかったらしいんですが、他の部品はほぼ忠実に再現してあるとのことです。ただし、このフラッシュでは出来上がった似顔絵を保存することは出来ないようです。
一応、私の html に関する知識を駆使して、フラッシュを html に埋め込んでみました。下の通りです。ブログの横幅制約のため、実物より少し小さめにしてあります。クリックするとアクティブになり、マウスのポインタがの形に変化しますから、操作が可能になります。ぜひ、ご興味のある方はやってみて下さい。ただし、保存は出来ないようですから、保存したい向きは上の Mii Editor をオススメします。


上の方に並んでいるアイコンが操作対象のパーツで、左から、名前と服の色、顔の形、髪型、眉毛、目、鼻、口、眼鏡とヒゲになっています。髪型は6ページ、目が4ページ、口も2ページありますから、いろんなパーツを選んで Mii を作成できるようになっています。また、顔の形の他にホッペの色やシワのラインなんかも付けることが出来たりします。
最後に、html に埋め込んだコントロールがやや小さい気がするので、上の似顔絵チャンネルにも直リンを張っておきます。左クリックすればブラウザの別画面で大きなのが操作できますし、右クリックでフラッシュの swf ファイルをローカルに保存することも可能です。


今夜のカテゴリーは迷ったんですが、公務員らしく、先日、5月25日のエントリーを前例に、トリビアな日記に分類しておきます。
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2007年05月25日 (金) 19:39:00

オンラインソフトを使いこなす

今日は一日中が降り続きました。一日中降り続きましたが、時刻が進むに従って小雨になり、明日は晴れるようです。気温は上がりませんでしたが、湿度が高いので出歩くと汗ばんでしまいました。我が家は明日のお天気を気にしています。

私はネット上で提供されている様々なオンラインソフトウェアをダウンロードして使っています。パッケージソフトを購入するまでもないような小規模なアプリケーションはオンラインソフトで間に合わせています。その中で、テキストエディタをもっとも重宝しています。もちろん、画像ビューアFTP クライアント、あるいは、ファイルの圧縮・解凍のソフトやデスクトップ関係なんかも使っています。
どうしてワープロではなく、テキストエディタが好きなのかというと、何と言っても動作が軽いからです。もちろん、Windows 標準のメモ帳が余りに低機能で使いにくいせいもあります。文章を作成する場合、我が家では私とおにいちゃんがテキストエディタ派で、女房は見栄えのいいワープロをよく使っています。残念ながら、下の子は現時点では文章を作成する成長段階にありません。
私がテキストエディタに望む機能のうちメモ帳にないのを、重要と考える順に箇条書きで記すと以下の通りです。基本的に見やすくする機能だと思います。

  1. モノクロではなく、文字色と背景色を選択出来る。

  2. タブ式で複数のテキストを開ける。

  3. EOF や改行記号などを表示出来る。

  4. 行番号とルーラを表示出来る。

  5. 設定した任意の文字数で折り返し出来る。

  6. ドラッグ & ドロップで編集出来る。

  7. 拡張子別に色分け出来る。

  8. HTML のタグなどの強調表示が出来る。

  9. sjis 以外のコードのテキストも編集できる。

  10. フォントの選択が出来る。

  11. 大きなファイルサイズのテキストも開ける。

最近は、ほとんど、Windows 標準のメモ帳を使っていないんですが、最後の10番目と11番目は出来るようになったようなことを聞いたことがあります。しかし、Windows Vista はまだ買っていないので分かりませんが、1番目から9番目までは対応してくれていないように思います。2番目なんかは我が家のおにいちゃんは関係ないんですが、私には必要です。昔は BASIC のプログラムを組んでいたので、4番目のルーラーや8番目の強調表示なんかは必要不可欠だったんですが、今では文章作成だけに限れば、そんなに重要度は高くないような気もします。でも、ないと妙な感じがします。むしろ、メモ帳では6番目のドラッグ & ドロップ編集が出来ないのを不便に感じます。また、ブログを始めてからは、エクスポートとインポートが UTF-8 でエンコードされたテキストファイルの場合が多いですから、メモ帳では文字化けこそしないものの、とっても見づらくなってしまいます。オンラインで提供されているテキストエディタでも、UTF-8 を編集して、そのまま UTF-8 で保存できるのは少ないように思います。
現在は、宣伝に加担するつもりがないので、特に名を秘匿しますが、とあるシェアウェアのテキストエディタを使っている他、テキストエディタだけで5-6本パソコンに入っていると思います。昔はそれぞれに用途が違って、メールの原稿書き、HTML編集、BASICプログラミング、単なるメモ、巨大ログの閲覧、とかで使い分けていたんですが、いろんなテキストエディタの機能が向上してきて、今では余り意味がなくなって来た気がしないでもありません。
テキストエディタの他、ホームページを開設しているんであれば、FTP クライアントが必要になります。もちろん、Windows 標準で FTP の機能は提供されているんですが、DOS 窓での作業になりますから、いちいちコマンドを打ち込むのはメンドウです。GUI で操作できる FTP クライアントはネット上でゴマンと提供されていますので、その中から、私は FFFTP をダウンロードして使わせてもらっています。いくつかのサイトではこのソフトを FTP クライアントのスタンダードのように見なしているようです。
画像の閲覧も Windows 標準の画像ビューアが画像ファイルに関連付けされていて、ダブルクリックで画像を開いてくれるんですが、テキストのメモ帳と同じで特に使いやすくもないので、Irfan View をダウンロードして使わせてもらっています。外国製のソフトですが、日本語表示も出来ます。また、単なる画像の閲覧だけでなく、回転させたり、減色したりの簡単なレタッチも出来ますし、exif なんかの画像情報も見ることが出来ます。ついでの脱線なんですが、我が家が本格的に使い始めた1998年ころであればともかく、今どきのデジカメは exif 情報をワンサと記録することが出来ます。デジカメのメーカーや型式、撮影日時に加えて、シャッタースピードと F 値、ISO レートやフラッシュの発光の有無なんかです。それぞれがマニュアル設定なのか、オートなのか、までが表示されてしまいます。うっかり、詳しい人にファイルで画像を渡したりすると、すべてがバレバレになってしまう恐れがあったりするわけです。
それから、最近では ADSL や光通信なんかでインターネットがブロードバンド化して、スピードが格段に向上しましたから、ダイヤルアップでインターネットに接続していたころほどには必要なくなったんでしょうが、その昔はメールにファイルを添付する場合、圧縮と解凍が必要アイテムだったので、この方面でもオンラインソフトを使っている人が多いような気がします。これは千差万別でいっぱい提供されています。凝った作りを強調しているものから、手軽に使えるのが売り物だったり、さまざまです。少し前までは、圧縮した書庫ファイルをメールに添付して送ると、送付先の人のスキルによっては解凍できない場合もありましたが、最近では、XP パソコンであれば標準で zip が扱えますから、私は出来る限りファイルは圧縮して送るようにしています。
他のオンラインソフトのジャンルといえば、やっぱりゲームです。オンラインソフトはゲームから始まったと言っても過言ではありません。一例を取り上げるのも難しいほど、バリエーションはさまざまです。それから、デスクトップ関係でしょう。スタートメニューは使いにくいし、私はデスクトップ上にアイコンをいっぱい並べるのも好みませんから、ランチャーで整理していたりします。これもいっぱいあります。また、ランチャーとともに、時計やカレンダーや付箋なんかはオンラインソフトの独壇場だったんですが、Windows Vista になってからはガジェットに移行しているのかもしれません。
今夜のエントリーのカテゴリーは迷ったんですが、久し振りにトリビアな日記に分類しておきます。
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2007年04月16日 (月) 19:39:00

京都の難しい地名

今日は朝から雲が広がり、昼ころからが降り出しました。冷たい雨で、気温は土曜日をピークに下がり続けているような気がします。

今日の朝日新聞の朝刊に漢字にも方言があると題して、早大教授が100を超える地域文字を発見したとの記事が出ていました。いつもの朝日新聞のサイトから最初の3パラだけ引用すると以下の通りです。

話し言葉に方言があるように、漢字にも「地域文字」がある。早稲田大教授(日本語学)の笹原宏之さん(41)は高校時代から、各地の文献を当たって100字以上を拾い出し、近著「国字の位相と展開」(三省堂)でまとめた。日本で作られた和製漢字「国字」が大部分を占め、「人々と文字の格闘の跡が読み取れる」という。
国字は1万近くある。例えば「辻」は、道を表すシンニョウと交差する意味の「十」の組み合わせだ。
江戸中期の儒学者、新井白石は「日本で作られ、漢籍には見られず、訓しかない字」と定義した。「峠」「畑」「働」などが有名で、地名に地域特有の文字があることも、江戸時代から知られていた。

記事の中では京都の「椥」が紹介されていました。「なぎ」と読みます。地名で椥辻=なぎのつじというところがあります。漢字が方言かどうかは私には判然としないんですが、少なくとも、常識的に考えて難しい地名であれば、私も山ほど知っていたりします。有名なところではポルトガル語に由来する「先斗町」があります。「ぽんとちょう」と読むということはかなり多くの方が知っているのではないかと思います。ポルトガル語のポントは英語のポイントに相当します。
由来で有名な地名には「蹴上」があります。「けあげ」と読みます。京阪電車三条駅の少し先になります。有名な京都ホテルがあったりします。この地名は義経に由来しています。すなわち、義経が奥州へ向かう途中なんですが、この地で平家武者の一行とすれ違った際、その武者の乗っていた馬が泥水を蹴り上げ、義経の衣服にかかって汚してしまったことから、怒った義経は武者と従者の全部で9人を斬り殺してしまったといいます。この故事に由来する地名です。他にも、逆由来というべき地名もあったりします。「御室」というのがそうです。「みむろ」ではなく、「おむろ」と読みます。宇多天皇の創建になる仁和寺のあるところです。それと同時に、その昔は創業者の名前を取って立石電機といっていたオムロン創業の地でもあります。オムロンは「御室」から社名を取ったというわけです。
さらに、私のような京都ローカルの人間には、もっとめずらしい地名も知っていたりします。例えば、私が生まれ育ったのは京都府宇治市なんですが、私の母方の祖母は宇治市の隣の久御山町の「一口」の出身でした。誰がどう読んでも「一口」は「ひとくち」としか読めないんですが、正しくは「いもあらい」と読みます。かなりかわった読み方ですし、ばあさんの発音がそう聞こえるもんですから、私も高校生になるまで「いもらい」なんだと思っていたりしました。それから、京都と奈良に共通して、「終」の漢字を「はて」と読む地名もあります。京都には上終町、奈良には京終町があります。それぞれ、「かみはてちょう」、「きょうはてちょう」と読みますが、ローカルの人間は「終」を「はて」ではなく、濁って「ばて」と読んだりもします。

最後に、私の知っている限り、観光スポットや京都市バスの行き先なんかになっていて、難しいながらも、かなり難易度の低い読み方の地名を順不同で思いつくままに、いくつか上げておきます。太秦や百万遍あたりは有名なんでしょうが、デフォルトの状態のMS-IMEが正しく変換してくれるのは半分もないと思います。京都旅行のご参考に

  • 太秦 (うずまさ)

  • 百万遍 (ひゃくまんべん)

  • 鹿ケ谷 (ししがたに)

  • 壬生 (みぶ)

  • 車折神社 (くるまざきじんじゃ)

  • 深泥池 (みどろがいけ)

  • 双ケ丘 (ならびがおか)

  • 糺森 (ただすのもり)

  • 化野 (あだしの)

  • 雲母坂 (きららざか)

  • 栂尾 (とがのお)

  • 帷子ノ辻 (かたびらのつじ)

  • 花遊小路 (かゆうこうじ)

  • 八入岡 (やしおのおか)

  • 上蔵町 (あぐらちょう)

  • 竃辻子 (へっついのずし)

  • 木瓜原町 (ぼけはらちょう)

  • 木賊山町 (とくさやまちょう)

  • 役行者町 (えんのぎょうじゃちょう)

  • 花山 (かさん)
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2007年01月23日 (火) 19:52:00

全豪オープン・テニス

今日の東京は、いいお天気で、暖かかったです。

先日、開幕した全豪オープン・テニスなんですが、オーストラリアのメルボルンで開催されています。オーストラリアの東南部を代表する都市としては、シドニーとメルボルンがあります。私はメルボルンしか行ったことはありませんが、シドニーが港湾を中心に発達した海洋都市であり、外国貿易なんかを主要産業としているのに対して、メルボルンはゴールドラッシュをきっかけに発展した鉱工業を主要産業としています。私が行ったことのあるオーストラリアの都市では、西部のパースもあったりするんですが、こちらも、造幣局があったりして、金鉱で発展した都市らしいです。
昨年1月19日付けのエントリーでも全豪オープン・テニスを取り上げたことがあり、私は長らく、全豪オープン・テニスはメルボルンのナショナル・テニスセンターで開催されていると思っていたんですが、最近の報道を見ると、全部が全部、メルボルン・パークと報じられています。テニスのグランドスラムと呼ばれる4大大会は、1月の全豪オープンに始まって、全仏がパリのローラン・ギャロス、全英がロンドン郊外にあるウィンブルドンで、この地名がもっとも知名度が高く、最後に、全米がニューヨーク郊外のフラッシング・メドウズと記憶しており、メルボルン・パークというのは聞きなれなかったので、最近、メルボルンにあるモナッシュ大学に行った知り合いに聞いてみたところ、実は、ナショナル・テニスセンターを含むスポーツ施設全体をメルボルン・パークと呼ぶそうです。私もメルボルンのモナッシュ大学に出張で行ったことはあるんですが、業務に専念していたため、まったく知りませんでした。
昨年のエントリーでも紹介したロッド・レーバー・アリーナがセンターコートで、1番コートはマーガレット・コート・アリーナにあり、2000年にはボーダフォン・アリーナが完成しています。ロッド・レーバー・アリーナとボーダフォン・アリーナには開閉式の屋根があるそうです。ボーダフォンはご存じの通りの携帯電話会社なので別ですが、ロッド・レーバーとマーガレット・コートは全豪オープンが1969年にオープン化された第1回大会の男女シングルスの優勝者であり、どちらも偉大なオーストラリア人プレーヤーですから、その名前に由来していることはいうまでもありません。さらに、全豪オープンの男子シングルス優勝者にはノーマン・ブルックス・カップが、女子シングルス優勝者にはダフネ・アクハースト・カップが授与されますが、このノーマン・ブルックスとダフネ・アクハーストもオーストラリアを代表する名選手です。
昨年2006年には、男子シングルスはロジャー・フェデラーが、女子シングルスはアメリ・モレスモが優勝しています。また、ちょうど10年前の1997年の大会では、マルチナ・ヒンギスが16歳3ヶ月で優勝し、テニスのグランドスラム大会における史上最年少優勝記録を樹立しました。その後、ヒンギスは1999年まで全豪オープンで3連覇も達成しています。
今年は誰が優勝するんでしょうか?
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2006年11月30日 (木) 23:10:00

家庭用ゲーム機の歴史

昨年は家庭用の据置き型ゲーム機として、MicrosoftがXBox360を出し、携帯ゲーム機としては、一昨年にソニーがプレイステーション・ポータブル(PSP)を出しましたが、今年も、任天堂が携帯ゲーム機としてニンテンドーDSライトを出した後、年末には、ソニーがPS3、任天堂がWiiを市場に投入します。フラットパネル・テレビなんかとともに、クリスマスセールの目玉であると考えられていたりします。日本だけでなく、今年の米国のクリスマスセールでもエレクトロニクスが売行き好調のようです。
今夜は、Wikipediaを頼りに、家庭用ゲーム機のハードウェアについてのトリビアを久し振りに披露することにします。据置き型ゲーム機としては、1976年発売のAtari 2600から始まって、これを第1世代とすると、任天堂のファミコンが1983年に発売され、第2世代を形成します。続いて、1990年に同じく任天堂がスーパーファミコンを出し、バブル景気の絶頂期だったこともあって、これが爆発的なブームとなり、第3世代となります。1994年にはセガがセガ・サターンを、ソニーがプレイステーション(PS)を出し、ゲーム機も32ビット時代を迎え、第4世代となります。3Dグラフィックスのきれいな表現が可能になりました。
実は、私もこの据置き型ゲーム機の第4世代で参入し、セガのセガ・サターンを買いました。マシンのスペックとしてはソニーのPSよりも格段に優れていると考えたからです。しかし、結果はご存じの通りで、セガはソニーのPSに大きく水をあけられ、社運さえ傾いてしまいます。何よりも大きかったのはソフトのバリエーションです。ゲーム機の第1世代であるAtari 2600のころの割合と初期から、いわゆるサードパーティーのソフトを受け入れる動きが始まっていたんですが、ソニーのPSは圧倒的にソフトでセガ・サターンを凌駕していたといえます。特に、大きかったのはファイナル・ファンタジー(FF)とドラゴン・クエスト(DQ)だと私は考えています。FFなんかは、スクエアという会社が閉鎖前の最後のソフトとして開発したんですが、会社を手仕舞いするどころか、大ヒットのおかげで会社が大いにもうかって存続したという伝説のソフトです。最後のソフトですからファイナルなんだそうです。でも、ファイナルどころではなく、現時点で、DQはXIIIまで、FFはXIIまで続いていたりします。
脱線から戻ると、ソニーのPS2が2000年に発売され、これに続いて、任天堂のゲームキューブが2001年、MicrosoftのXBoxが2002年に発売され、据置き型ゲーム機は第5世代に入ります。そして、現在は、昨年発売されたMicrosoftのXBox360に続き、今年売り出されたソニーのPS3と任天堂のWiiあたりから第6世代に突入することになります。

続いて、携帯ゲーム機については、たまごっちを別にすれば、1980年発売の任天堂のゲーム&ウォッチが嚆矢となります。私はこのころ京都大学の学生をしていたんですが、この任天堂の技術力を正当に評価していたら、公務員にはならずに任天堂に就職していたかもしれません。でも、この当時の任天堂は京大生の就職先としては、そんなに魅力ある会社とは見なされていなかったような気がします。私自身の判断力が甘かったためかもしれません。仮定のお話ではありますが、任天堂に就職していれば、東京に出て来ることもなく、郷里の京都でのんびり、まったりと人生を過ごしていたような気がしてなりません。
またしても、脱線から戻ると、このゲーム&ウォッチを携帯型ゲーム機の第1世代とすると、第2世代は1989年発売のゲームボーイ(GB)です。さらに時代をへて、2001年にはやっぱり任天堂がゲームボーイ・アドバンス(GBA)の販売を始めます。このあたりまでの携帯型ゲーム機市場は任天堂の独壇場といえます。このGBAが携帯型ゲーム機の第3世代となりますが、このあたりまでは画面はモノクロでした。この任天堂の天下に参入を試みたのがソニーで、2004年にPSPを発売します。画面はカラー液晶が主流となり、電池ではなく充電して遊ぶようになります。ソニーに負けじと任天堂も同じ2004年にニンテンドーDSを発売します。これが第4世代を形成し、家庭用ゲーム機はこのころから据置き型から携帯型にシフトを始めます。今年はニンテンドーDSライトも発売され、大げさにいえば、小学生の半分くらいはニンテンドーDSライトでポケモンのゲームを遊んでいるような気がします。

ゲーム機の黎明期には1978年に始まったスペース・インベーダーの大流行なんかがあるんですが、家庭用ではなく、喫茶店なんかの業務用だったので外しました。ということで、今日は何となく家庭用ゲーム機の歴史に関するトリビアでした。
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2006年07月19日 (水) 21:41:00

シャア・アズナブルに関するメモ

少し前にお約束したシャアに関するトリビアな日記を書こうと思って、簡潔な紹介の記述をネットでいくつか探してみたんですが、やっぱり、Wikipediaのがよかったので、以下にそのまま引用します。

シャア・アズナブル(Char Aznable)は、「ガンダムシリーズ」のうち、アニメ『機動戦士ガンダム』にはじまる宇宙世紀を舞台にした作品に登場する、架空の人物。(声:池田秀一)

モビルスーツパイロット・軍官・思想家として、類い希な能力を発揮した人物。宇宙世紀を舞台とした「ガンダムシリーズ」の最重要人物とも言える存在であり、自信に満ちた言葉とそれに見合う実力を持ち、戦闘での強さ、持っている信念、どれをとってもその存在感は他のキャラクターを圧倒している。日本のアニメのキャラクターで1、2を争う程人気は高い。

今日のトリビアなブログは、これ以降の記述でもWikipediaに大きな部分を負っています。
まず、シャアの生まれと名前の変遷です。シャア・アズナブル宇宙世紀0059年に、ジオン共和国の創始者であるジオン・ズム・ダイクンとトア・ダイクンを父母として生まれます。幼名というか、本名はキャスバル・レム・ダイクン(Casval Rem Deikun)です。シャア9歳の年である宇宙世紀0068年に父であるジオン・ズム・ダイクンが死に、ザビ家による迫害を受けたため、シャアは宇宙世紀0069年地球に逃れます。このころは、父のよき理解者であったジンバ・ラルの庇護の下、南欧のマス家に養子に入ったか、あるいは、ジンバ・ラルがマス家の名を購入したかして改名し、エドワゥ・マス(Edwow Mass)を名乗るようになります。シャア15歳の年である宇宙世紀0074年に、最後の名前であるシャア・アズナブル(Char Aznable)と名を変え、生まれ故郷であるサイド3に帰還し、ジオン士官学校に入学します。この改名については、死亡したシャア・アズナブルという実在の人物の戸籍を不正に入手したとされていますが、ちゃんとアズナブル家に養子に入ったなどとする説も存在します。要するに、よく分かりません。地球連邦政府との一年戦争の後、宇宙世紀0084年9月にはアクシズで開発されたモビルスーツの新素材ガンダリウムγを携えて地球圏に帰還し、非合法にクワトロ・バジーナ(Quattro Vageena)という戸籍と地球連邦政府軍の大尉の軍籍を取得し、エゥーゴという名の反地球連邦政府組織に加わります。最後に、やや唐突なんですが、宇宙世紀0092年12月に新生ネオ・ジオンの総帥シャア・アズナブルとして復活します。宇宙世紀0093年にはアムロ・レイとともに消息を絶ちます。

地球連邦政府軍との戦争に突入する前は、士官学校入学後はジオン公国で過ごすことになるんですが、ジオン公国では正体がばれるのを隠すため、常に仮面をつけ顔を隠しています。これは顔に火傷があるためと本人は説明しています。もちろん、実際にはそのような傷はありません。
なお、ここで、最初はジオン共和国だったのが、ジオン公国になっているのをお気づきになったでしょうか。シャアの両親が地球周回軌道上で地球からは最も遠い月の裏側に位置するサイド3宇宙世紀0058年共和国を創設したんですが、その10年後、宇宙世紀0068年に創設者であるジオン・ズム・ダイクンが死に、その翌年の宇宙世紀0069年にデギン・ソド・ザビがジオン公国を宣言し、彼をはじめとするザビ家一党による独裁国家となりました。公国ですから、形式的には元首は公王のデギン・ソド・ザビなんですが、実質的にはその息子のギレン・ザビ総帥が権力を掌握しています。地球連邦政府からの独立のために、一年戦争で地球連邦政府に宣戦を布告して、ガンダムの戦闘シーンが始まるわけです。

このパラグラフから地球連邦政府軍などとの戦争の始まりです。シャア20歳の宇宙世紀0079年にジオン公国が地球連邦政府から独立するために宣戦布告し一年戦争が始まります。シャアは中尉としてドズル・ザビが率いる宇宙攻撃軍に所属し、モビルスーツのエースパイロットとして活躍します。愛機初期量産型ザクII(型式番号:MS-06C)パーソナルカラーである赤に塗装し、ルウム戦役などで活躍し少佐に特進します。その後、乗機もは量産型ザクII(型式番号:MS-06F)指揮官用ザクII(型式番号:MS-06S)と、その時々の最新機種が与えられることになります。ここで脱線すると、お気づきだと思いますが、先日7月8日のブログで取り上げた下の子が作ったガンプラがMS-06S シャア専用ザク2S型なわけです。先日のブログの写真でもお分かりのように、いわゆるシャア専用のモビルスーツは、若干ピンクがかった赤で塗装されていることで有名です。これは、正確にはワインレッドとローズピンクなんですが、ガンダムの放送当時には、赤いものといえばシャア専用というわけで、例えば「シャア専用郵便ポスト」なんてシャレが出来たりしました。
それはともかく、モビルスーツに関していえば、シャア専用といえばザクが有名なんですが、ザク以外にもズゴックゲルググにもシャア専用があります。また、専用のモビルスーツはシャアだけでなく、ガルマ専用のガンダムもあったりします。
戦争の話に戻ると、一年戦争はその名の通り、宇宙世紀0080年には地球連邦政府とジオン公国との間で終戦協定が締結されて終了します。その後、地球連邦政府から残党狩りにあったりして、まあ、いろいろとあって、宇宙世紀0087年3月にシャアはサイド7にあるグリーン・ノア1に潜入し、ティターンズの新型モビルスーツであるガンダムMk-IIの奪取を図り成功するんですが、この事件が引き金となって、エゥーゴとティターンズとの間で本格的な武力抗争が始まります。グリプス戦役と呼ばれます。
宇宙世紀0088年からの第1次ネオジオン戦争ではシャアの行方は知れません。要するに、アニメ「機動戦士ガンダムZZ」にシャアが登場していないために、詳細が不明なわけです。しかし、宇宙世紀0092年12月に新生ネオ・ジオンの総帥シャア・アズナブルとして復活し、幾度にも渡る戦争を経験しながら、旧態依然としてスペースノイドに弾圧を続ける地球連邦政府に対しての攻撃を示唆し、実際に、宇宙世紀0093年2月末にテレビのインタビューで連邦政府に事実上の宣戦布告をし、第2次ネオジオン戦争が始まります。
シャアの最後は、宇宙世紀0093年3月12日にνガンダムを駆るアムロ・レイとの最後の戦いです。しかし、シャアは結果としてアムロに敗れます。その際、脱出ポッドを捕まえられ、火星と木星の間のアステロイド・ベルトにある小惑星基地アクシズの地球への落下を抑えるアムロと共にサイコフレームの光の中に消えて行きます。このため、アクシズは軌道を変えてしまい、地球に落下させようとしたシャアの作戦は失敗に終わります。その後、アムロとシャアの2人の行方は一切不明とされています。

シャアはその性格もあって、真の親友といえる間柄の人物は存在しなかったようです。士官学校の同級生であるガルマ・ザビに対しては親友であるかのように装っていましたが、それはザビ家への復讐の一手段に過ぎず、シャアはガルマをむしろ見下していた感があります。余りに抜きん出た技量のため、シャアのライバルたり得た、あるいは、シャア自身がライバルと認めたのは、モビルスーツ・パイロットとしてはアムロ・レイ、指揮官としてはブライト・ノア、ニュータイプとしてはカミーユ・ビダンぐらいでした。
一方で、そのずば抜けた実力で部下からは絶対的な信頼と畏怖を受けており、後には、その出自も知られたことから、絶大なカリスマ性を身につけています。このカリスマ性によって第2次ネオジオン戦争では多くのネオジオン新兵を魅了しました。
要するに、やや生意気なところはあるものの、出自はバッチリで毛並みがよく、モビルスーツに入れば戦闘能力や指揮官としての能力が抜群で、とってもスゴい軍人で、思想家でもあるということです。

今夜のブログは前々から書きたいと思っていたシャア・アズナブルに関するトリビアな日記でした。
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2006年07月13日 (木) 19:47:00

P≠NP予想に関するメモ

今夜のブログはだいぶ前に宣言してしまった数学の難問P≠NP予想についてのトリビアな日記です。なお、最初に申し上げておきますが、PはPolinomialの略で、NPはNon-Polinomialの略です。Polinomialとは多項式のことです。経済学でも分布ラグを取った推計を行う場合に多項式の知識が必要とされます。アーモンラグとか、シラーラグとかです。当然ですが、知らない人は知らないと思います。
詳しいことは後にしますが、PとNPの関係については、P⊆NPであることは容易に証明できます。というより、私のようなシロートが考えてもほぼ自明です。しかし、P=NPであるか、P≠NPであるか、すなわち、どうしてもPでないNPが残ってしまうかどうかについては、私のようなシロートにも、直感的に、後者が正しくて、NPが残ってしまうんではないかと予想されますが、証明した人はいません。有名なクレイ数学研究所が出したミレニアム懸賞問題のひとつです。シロートの私から見ても、もっとも解決が困難な問題だろうと思っています。もっとも、私なんかから見れば、数学の問題なのか、ゲーデルが解いたので有名な不完全性定理のような論理学の問題なのか、よく分からないくらいです。

これで理解できれば苦労はないわけで、今夜のブログは終わってしまうんですが、もちろん、よく分からない向きも多かろうと思います。
Pとは多項式時間で解ける問題を指します。これでも十分よく分からないんですが、要するに、2次方程式の解の公式みたいに、一般的な解法が存在する問題です。それに対して、ご想像の通りなんですが、NPとは多項式時間では解けない問題を指します。要するに、一般的な解法がなくて、総当りでリカーシブにしか解けない問題です。例えば、素因数分解などです。常識的に考えても、P=NPであることを証明するためには、現在及び将来にわたるすべてのNPがPであることを証明しなければなりませんが、P≠NPであることを証明するためには、たったひとつでもいいから絶対にPにならないNPを探し出せばいいことになります。要するに、P≠NPの証明の方がラクそうに見えます。でも、まだ何も証明されていません。
ですから、繰返しになりますが、P⊆NPであることはほぼ自明なんですが、P=NPであるか、P≠NPであるかについては、よく分かりません。P=NPであれば、考えられるすべての問題は一般的な解を求める公式みたいなのがあり、現時点で、リカーシブにしか解けない問題でも、将来的には一般的な公式が発見されるハズだということになります。逆に、P≠NPであれば、一般的な解を求める公式がある問題と総当りでリカーシブにしか解けない問題と、この世の中には2種類の問題がある、ということになります。ただし、注意すべきであるのは、このP≠NP予想はチューリング・マシンなどにおける計算アルゴリズムに関して持ち出されたりするんですが、一般的な解の公式が存在したとしても、リカーシブな総当りで解く解法より、必ずアルゴリズム的に簡素ですぐれているとは限らないことです。解の公式があったとしても、リカーシブに解く解法の方がアルゴリズム的にすぐれている場合も排除できないわけです。
例えば、いつかのブログに書いた通り、現時点では、一般的な微分方程式を解く解法はなく、わずかに、変数分離型の微分方程式などが解の公式に沿って解けるだけなんですが、もしも、P=NPであれば、将来的に、変数分離型でないものも含めて、すべての微分方程式を解く一般的な解法が得られることになります。もちろん、いつのことになるかは分かりませんし、解の公式のアルゴリズムの方がリカーシブな解法より簡素ですぐれている保証はありません。
より具体的な例で申し上げると、円周率πを求める問題を考えます。円周率を求めるのはすでにいくつかの公式があります。三角関数のarctanの級数展開で求めるもの、ζ関数を用いて求めるもの、その他として、人名を冠したガウス・ルジャンドルの公式ボールウェインの2次の収束の公式、同じく、ボールウェインの4次の収束の公式、BBPの公式などです。こういった公式のほかに、モンテカルロ式にリカーシブに求める方法もあります。(x, y)のそれぞれのxとyを(-1, 1)の開区間で乱数を発生させ、x2+y2が1より小さいか大きいかの分布を見ます。容易に想像できると思うんですが、1より大きいのと1より小さいのが発生する頻度の比率は4-π:πになります。円周率を求めるいくつかの公式をメンドウなもので記さなかったんですが、公式によってはモンテカルロ式にリカーシブに円周率を求めるアルゴリズムよりも、決して、より簡素ですぐれているとはいえない場合もあると考えられます。

私は数学者ではなくエコノミストですし、それなりに、BASICでプログラミングもしたりしますので、このP≠NP予想については大きな興味を持っているんですが、同時に、大きな疑問も持っています。何度か繰り返しましたのでお気づきでしょうが、P=NPであることが証明され、すべての問題がPであって、一般的な解法が存在するとしても、たとえそうだったとしても、一般的な解の公式に沿ったアルゴリズムで解くよりも、NP的でリカーシブなアルゴリズムで解く方が簡素ですぐれている可能性が排除されないからです。ですから、むしろ、焦点は、PならざるNPの問題が存在するのかどうかではなく、Pである問題の解法のアルゴリズムはNPよりも常に簡素ですぐれているのか、が、実用的・実践的に重要だと思うわけです。
というようなことを、我が同業者のエコノミストに最近質問してみました。つまり、多項式時間で解けない問題があるかどうかではなく、問題の解法において多項式的な解き方のアルゴリズムはそうでないアルゴリズムよりも常に簡素ですぐれているか、が実践的に重要ではないか、また、多項式時間ではなく、実際の生活時間で短い時間で解ける方が実用的なんじゃないの、と質しました。私は京都大学経済学部出身ですが、その人は東京大学理学部数学科のご卒業です。数学的な素養は私より格段にすぐれていると考えられます。私がこのようにアルゴリズム的・生活時間的な実用性の観点からのお話をすると、一言、「何で実用的じゃなきゃならないの?」と聞き返されました。私は再反論することが出来ませんでした。

やっぱり、経済学的なアタマ数学的なアタマは違うのかもしれません。
今夜のブログはP≠NP予想に関するトリビアな日記でした。
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2006年05月24日 (水) 20:27:00

ケロロ軍曹にハマり、コミックとアニメの違いを考える

先週末にケロロ軍曹のコミックを買いそろえてから、女房を除く一家3人、つまり、私と子供達とでケロロ軍曹にハマッています。もちろん、ギャグマンガですから、読んでいて楽しいことはいうまでもありませんが、子供達にはまだ分かっていないであろうパロディがとてもたくさん盛り込まれていて、大人である私は私なりの楽しみ方ができます。子供達もアニメにはないコミックの楽しみ方をしています。上のおにいちゃんなんかも、面白いところに出くわすと私に知らせに来たりして、一家そろってギャハギャハと笑い転げています。
アニメの方も金曜日5時半からの放送となったので、私は絶対に見られない時間帯に移動したんですが、我が家ではDVDのハードディスクに録画して、何度も繰り返して楽しんでいますので、私も子供達のお相伴に与ったりしています。

そこで、今夜はケロロ軍曹について、特に、コミックアニメで違っていることに気付いた点をいくつかご紹介します。
といいつつ、その前に、今夜のブログを書いていて、突然、思い出したんですが、先日、ゴールデンウィーク前にケロロ軍曹を取り上げた4月27日のブログの修正をすると、ケロロ軍曹がガンプラにハマッたのは地球に来てからではなく、ケロン星にいたころからのようです。宇宙には地球製のおもちゃがたくさん流通していて、ケロン星にもガンプラはあるようです。ですから、地球に来る前からケロロ軍曹はガンプラが好きだったことは間違いないように思います。ケロロ軍曹は日本のおもちゃ産業をとても大事に考えていて、台風が静岡を直撃しそうになって、ガンプラ工場を守るために台風を消滅させたこともありました。
脱線から戻って、コミックとアニメの違いなんですが、まず、地球の呼び方で、アニメでは「ペコポン」と呼ばれていますが、コミックでは最初から「ポコペン」になっています。未確認情報なんですが、ポコペンは差別語らしくて、放送禁止用語に指定されているらしいです。よく分かりませんが、私は語感としてはコミックのポコペンも決して悪くないと思います。でも、差別語で放送禁止なら仕方がないかもしれません。
それから、放送関係の配慮ということでいえば、コミックによくある女の子のパンチラ場面がアニメでは極端に少ないように感じています。さらに、西澤桃華とタママ二等兵のが登場するのもコミックよりもアニメで少なくなっている気がしないでもありません。また、ケロロ軍曹たちはアニメではお酒を飲んでいないような気がします。子供達に見せるテレビ番組ですから、いずれも教育上の配慮なのでしょう。なお、教育上の配慮と関係ないところでは、コミックの発売時期とアニメの放送時期にズレがあるために、やむなく相違を生じている場合があります。先日放送されたアニメ番組なんですが、ケロロ軍曹が寝込んで、日向家のおかあさんの秋がスターフルーツで元気にするのがアニメでありました。ここで、ケロロ軍曹が病気になった原因は、コミックでは夏バテ、アニメでは5月病ということになっていたりします。コミックの発売時期が夏だったのに対して、アニメの放送時期が5月だったので、このように設定を変更したものと思われます。
次に、ケロロ軍曹やその居候先の日向家のある場所なんですが、コミックでは東京都武蔵市となっていますが、アニメでは奥東京市となっています。西武新宿線と思しき電車が登場したりするので、いずれも西東京市を想定しているものと思われます。小金井を連想させる大金井なんて地名も出て来たことがあります。
最後に、もっとも大きな相違点としては、日向家の姉の夏美と弟の冬樹の年齢差が上げられます。コミックでは、最初の最初は冬樹が小学6年生で夏美が中学2年生なので、年齢差は2歳です。コミックでは、すぐに進級して、というか、冬樹が夏美と同じ中学校に進学して、冬樹が中学1年生で夏美が3年生の設定となり、そのまま進行しています。我が家はアニメの最初の方を見ていないので何ともいえませんが、現時点では、夏美が中学2年生で冬樹が1年生です。アニメの方で夏美を進級させるのを忘れたのでしょうか。特段の意図があるとは思えません。

以上。今夜は何となく、ケロロ軍曹のコミックとアニメの違いに関するトリビアな日記でした。
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2006年04月27日 (木) 20:16:00

ケロロ軍曹に関するメモ

今週は週の初めからゴールデンウィーク気分に入ってしまい、のほほんとした雰囲気から抜け切れません。昨日は何とかがんばって公務員ネタでブログを書いたりしたんですが、木曜日になってしまうとのほほんが止まりません。明日になれば、もっとこの症状が進むと思われます。ということで、今夜のブログは表題の通り、ケロロ軍曹に関するトリビアな日記です。

アニメ・マンガのケロロ軍曹の主人公は、もちろん、ケロロ軍曹その人、あるいは、カエルで、軍人であり階級は軍曹です。要するにそのままです。ケロロ軍曹が何者かというと、地球侵略に来たケロン星人です。でも、日本語をしゃべります。そうしないとマンガやアニメになりません。ケロン星はガマ星雲第58番惑星らしいです。ガマですから、ケロロ軍曹はカエルです。もちろん、ガマ星雲なんてウルトラマンのM78星雲と同じように適当な名前なのでしょう。どうでもいいことですが、ケロン星人は地球のことをペコポンと呼んでいます。そして、アニメ・マンガの作品としてはギャグマンガに分類されるものです。私の感じとしては、藤子不二雄のオバQとかドラえもんなどと同じで、ケロロ軍曹やその仲間などのケロン星人はとても非日常的なんですが、ストーリーとしては日常的な出来事を描き出しているように思います。テレビでは12チャンネルで放映しており、ポケモンと並んで高視聴率を上げているようです。
ケロン星から地球の侵略を目的に軍隊が派遣され、先発隊として宇宙侵攻軍特殊先行工作部隊の5人の兵士が地球にやってきます。七面倒な呼び方ですが、要するに、これがケロロ小隊です。しかし、日向冬樹の部屋の壁に潜伏していたケロロ軍曹が、冬樹の姉の夏美にあっさりと潜伏を見破られて捕獲された上に、ケロボールを冬樹と夏美に奪われてしまいます。もっとも、ケロロ軍曹は貸したんだといい張っています。それはともかく、秘密裏に進める予定だった地球侵略がケロロ軍曹のヘマにより失敗し、ケロボールが奪われたことを知った本隊が先発隊5人を置き去りにして撤退してしまい、取り残されたケロロ軍曹たち5人は侵略する対象の地球人家族と同居するという、奇妙な生活が始まります。ケロロ軍曹は日向家の居候となりましたから、掃除や洗濯などの家事を割り振られてせっせと働かされてしまいます。日向家の家事を手伝って働く一方で、地球に来てガンプラを始めて、これにハマってしまいます。
アニメの基本的ストーリーは、ケロロ軍曹が散り散りになった仲間たちを探し出しながら再結集し、あまり効果のなさそうな地球侵略作戦を実行するんですが、結局、夏美に懲らしめられてオチがつく、というもので、当然ですが、永遠に地球侵略ができそうもない筋立てになっています。侵略に来た宇宙人と地球人の間に友情が芽生え、わけの分からないストーリーとなっています。このあたりは、最初に書いた藤子不二雄のオバQとその居候先の家族、ドラえもんとのび太のような関係です。

人物紹介ですが、ケロロ軍曹はこの小隊の隊長です。日向家に居候しています。その下に4名の軍人がいるのですが、一番階級が高いのはクルル曹長です。曹長ですから軍曹よりも階級は上なんですが、なぜか、ケロロ軍曹の指揮下にあります。陰湿、陰気、陰性、陰鬱でイヤなヤツなんですが、発明の天才で頭は切れます。ケロロ小隊の作戦通信参謀です。次がギロロ伍長です。ケロロ小隊ではもっとも軍人らしい性格で、武器のオーバーホールなどにも余念がありません。地球侵略を忘れていない様子です。そして、タママ二等兵がいます。野良犬にイジメられていたところを西澤桃華に助けられて西澤家に居候しています。そして、最後に、もともとはケロロ小隊に属していたんですが、今は属していないドロロ兵長というのもいます。とても影が薄いのが特徴らしいです。この脱走したドロロ兵長に代わって、アンゴル星人のモアが戦闘艇に乗り込んだりしています。モアは地球を破壊しにやって来たアンゴル星人なんですが、今ではケロロ小隊に属して活動しているようです。なお、なぜか、ケロロ軍曹をはじめとするケロン星人の登場人物はみんな身長が55.5センチで、体重が5.55キロだったりします。地球人ならば1歳児くらいの体格でしょうか?
地球人の方は、ケロロ軍曹が居候している日向家は、おかあさんが日向秋でマンガ雑誌の編集者をしていて、とてもナイスバディだったりします。おねえさんが夏美といい、運動神経バツグンで、ギロロ伍長も一目置く戦闘能力を持っています。おとうとがケロロ軍曹と仲良しの冬樹で、夏美とは逆に運動神経ゼロで温和な性格です。2人とも中学生です。1年生と3年生で、もちろん、同じ中学に通っています。冬樹は仲良しのケロロ軍曹にガンプラを買い与えたりしています。この冬樹を慕っているのが西澤桃華で、超ド級の大金持ちのお嬢様です。西澤家にはタママ二等兵が居候していたりします。
日向家は東京都の西部に位置しており、その地下はケロロ小隊の地球侵略のための秘密基地になっていて、戦闘艇が飛び出したり、ロケットが発射されたりする時には日向家が真っ二つに割れたりします。でも、その後は元に戻ります。この秘密基地には中央司令室やクルル曹長のラボ(研究室)、戦闘訓練をするバーチャルシミュレーターなどとともに、温水プールや温泉施設があって、ケロン星人たちがリフレッシュできるようになっているらしいです。

我が家も大いにリフレッシュできるゴールデンウィークに早くなればいいなあと思っています。
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2006年04月25日 (火) 20:23:00

鯉のぼりに関するメモ

今日の午後に雨が上がった後、総理大臣官邸の横の道を歩いていると、官邸の中庭に鯉のぼりを見かけました。5月5日はこどもの日で端午の節句です。ということで、半分くらいゴールデンウィーク体制に入っている我が家ののほほんとした雰囲気を伝えるために、今夜のブログは鯉のぼりに関するトリビアな日記です。

まず、端午の節句とはもともとは江戸時代に武家で始まったといわれています。旧暦の5月5日までの梅雨の季節のの日に武家の子弟の出世を願って家庭の庭先で飾られたものだそうです。我が家では晴れの日だけに鯉のぼりを出していて、雨が降ると引っ込めていましたが、実は、元がだけに雨の日に出していたんです。なお、5月5日がこどもの日として国民の祝日になったのは昭和23年1948年からだそうです。
もっとも、逆の説もあり、武家ではなく町家が起源だとする説もあります。すなわち、端午の節句が同時に菖蒲の節句と呼ばれるように、この季節は菖蒲の季節でもあるんですが、「菖蒲」が武を尊ぶ「尚武」と同じ発音であることから、武家では鎧兜や太刀・太鼓などを配した武者人形を飾った一方で、町家で鯉のぼりを立てたのだとの説もあるそうです。地域によって異なるのかもしれません。いずれにせよ、江戸時代に始まることについては確かなようです。
起源は別にして、鯉のぼりは紙や布などに鯉の絵柄を描いて、風になびかせる吹流しを鯉の形に模して作っていたそうです。雨でも紙製ので大丈夫だったんでしょうか。なお、鯉のぼりは別名で皐(さつき)のぼりとも呼ばれています。俳句では鯉のぼりはの季語として用いられます。また、余り知られていないことなのですが、ちゃんと英語名もあり、Carp Streamerというそうです。
もちろん、これ以前にも鯉の滝登りは有名で、日本の江戸時代をさかのぼること1500年くらい前の後漢書に記された故事があります。黄河の急流に竜門と呼ばれる滝があるんですが、たくさんの魚がこの滝を登ろうと試みたものの、もちろん、全部が登り切れるハズもありません。でも、この滝を登り切った魚は竜になることができた、との故事に因んで鯉の滝登りが立身出世の象微となりました。このあたりのお話は聞いたことがあるような気がします。
もともとの江戸時代の鯉のぼりは黒い真鯉だけで、明治時代から黒い真鯉と赤い緋鯉の対で揚げるようになったといわれています。さらに、昭和に入ってからは家族を表す物として青い子鯉を添えたものが主流となったようです。現在では、鯉の上に五色の吹流しを付け、さらに天辺には風車を置いて立てるのが一般的なように見受けられます。
なお、第2次世界大戦前から鯉のぼりの生産量日本一は埼玉県加須市で、日本一だということは世界一でもあると思うんですが、1988年2月には長さ100メートルの鯉のぼりを作って、全長世界一の大きさで有名になったそうです。生産量の多さとともに加須の鯉のぼりとして世界中に有名だそうです。みんなよく知っている「屋根よーり高い、鯉のーぼーりー」と歌われる有名な童謡の作曲は滝廉太郎です。

我が家では男の子が2人ですから、今まで鯉のぼりと兜の武者人形を飾っていたのですが、青山に引っ越してから、団地のベランダの作りが少し違って、我が家の持っている鯉のぼりが立てられなくなりました。今では室内の兜の飾りだけです。ジャカルタですら鯉のぼりを立てていたのですから、少し寂しい気がしないでもありません。
以上。今夜のブログは鯉のぼりに関するトリビアな日記でした。
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2006年04月14日 (金) 21:45:00

イースターに関するメモ

今週末は欧米のキリスト教国ではイースターです。今日がいわゆるグッドフライデーで、日曜日がイースター当日、来週の月曜日はイースターマンデーです。国によって違いますが、会社や学校などもお休みになる場合があります。ということで、今日のブログはイースターに関するトリビアな日記です。もっとも、イースターエッグの由来や多産なウサギがイースターの象徴となっていることなどは多くの方がご承知でしょうから、日付の決まり方と呼び方を中心にしています。

イースターは日本語では復活祭と呼ばれています。何の、あるいは、誰の復活かというとイエス・キリストです。そして、何からの復活かといえば、いわずと知れた、十字架で磔にされた死からの復活です。要するに、イエス・キリストの復活を祝う日なのです。仏教徒である私にはあんまり関係はないかもしれません。しかし、キリスト教の世界では、復活祭はキリスト教の典礼暦における最も重要な祝日とされています。

最初に、イースターの日付なんですが、キリストが生まれたクリスマスと違って、イースターの日付はもともと太陰暦に従って決められた日であったため、太陽暦では年によって日付が毎年変わります。移動祝日と呼ばれています。紀元325年に開かれた第1ニカイア公会議で「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」と定められているからです。もっとも、この公会議の記録は残されていません。この公会議では復活祭の日付の決定を、当時、地中海世界でもっとも学問の盛んな都市だったアレクサンドリア教会に委ねたとされています。このため、年によっては最大1ヶ月くらい、つまり月の周期プラス数日くらいのズレが生じます。実際には、3月22日から4月25日の間になり、今年は2006年4月16日、明後日の日曜日となります。ただし、この日付はローマ・カトリック、プロテスタント、イギリス国教会のいわゆる西方教会の場合で、ギリシア正教の東方教会は別の日にイースターを祝います。なぜなら、ギリシア正教会ではユリウス暦を使って計算しているためで、現在多くの国で使われているグレゴリオ暦とは春分の日が微妙に違うからです。なお、誰が考えてもこれはおかしいので、1997年にキリスト教諸派の代表が集まってシリアのアレッポで開催された世界キリスト教協議会で、復活祭の日付の確定法の再検討と全キリスト教における復活祭の日付の統一が提案されました。しかし、現在でも協議が続けられていますが、いまだに統一には至っていないようです。
なお、現在では、キリスト教の安息日は日曜日であるとされていますので、イースターも日曜日とされているんですが、実は、初期キリスト教徒たちはユダヤ教徒のように土曜日を安息日としていたらしいです。しかし、ユダヤ教との対立の中で、徐々にキリストが復活した日とされる日曜日を祝日とするようになったようです。その後、321年にコンスタンティヌス帝が日曜日強制休業令を出し、364年のラオディキア教会会議により日曜日が安息日であることが正式に決定され、現在に至っています。

次に、イースターの呼び方ですが、Easter はいうまでもなく英語の呼び方です。しかし、英語とドイツ語以外のヨーロッパ諸言語における「復活祭」という言葉は、すべてギリシャ語の「パスカ(Πασχα)」に由来していて、その言葉も元をたどればユダヤ教の「過越しの祭り」を表す「ペサハ(Pesach)」という言葉から出ています。ここから、キリスト教の復活祭がユダヤ教の「過越の祭」から生まれた祝日であることはお分かりでしょう。なお、かなり強引ですが、英語に引き直せば過越しはパスオーバー(pass over)ということになります。もっとも、今では誰もそんなことはいいません。
ついでに申し上げれば、私が外交官として駐在していたチリはスペイン語国なんですが、スペイン語では Pascua となります。意味は同じで過越しなのですが、おもしろいのはイースター島です。そうです。あのモアイ像で有名なイースター島は英語表記なんです。日本でイースター島と呼ばれている島はチリではパスクァ島(Isla de Pascua)、あるいは、全部を日本語にすれば、過越し島と呼ばれているのです。
過越しとは、聖書の出エジプト記12章に記述されている古代エジプトで起こったとされる出来事です。これはユダヤとエジプトの争いの中で、ユダヤの神であるエホバが、戸口に印のない家に災いを与えることをモーセに伝えます。逆にいうと、戸口に印のあった家にはその災厄が降りかからなかった、つまり、災いが過ぎ越されたことに由来します。

さきほど、英語とドイツ語以外と書きましたが、ちなみに復活祭を表す英語の Easter およびドイツ語の Ostern はゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」の名前に由来しているといわれています。別の説として、ゲルマン人の用いた春の月の古名「エオストレモナト(Eostremonat)」に由来している、との説もあります。しかし、この2つの語源は明らかに同じであると考えられていますから、どちらでも同じことです。
長くなりますが、歴史をひも解くと、8世紀の教会史家ベーダ・ヴェネラビリスはゲルマン人が「エオストレモナト」に春の到来を祝う祭りをおこなっていたことを記録しています。なお、ローマ帝国では313年にコンスタンティヌス1世とリキニウス帝によるミラノ勅令によって、他の全ての宗教と共にキリスト教が公認されていて、その後、380年にテオドシウス帝がキリスト教をローマ帝国の国教と宣言しています。
ゲルマン民族の大移動は375年に西ゴート族がドナウ川を超えてローマ帝国領内に侵入したのがエポックとなっていますから、4世紀くらいには多くのゲルマン民族はキリスト教徒になっていたのではないかと考えられています。さらに、5世紀にはグレートブリテン島(現在の英国)にゲルマン民族であるアングロ・サクソン人が上陸していますし、476年にゲルマン人の傭兵隊長オドアケルが西ローマ帝国を滅亡させた後、481年にフランク族のクロヴィスがメロヴィング朝を創始して、アリウス派キリスト教からカトリックに改宗した、との歴史的事実もありますから、8世紀のヴェネラビリスの記述のころにはほとんどのゲルマン人は明らかにキリスト教徒であったと考えられます。
このため、イースターの習慣の中には、このゲルマン人の祭りに由来すると思われるものも散見されます。例えば、色をつけた卵を配るイースターエッグや多産の象徴であるウサギがイースターのシンボルとされていることなどはゲルマン由来らしいです。

以上、今日はイースターの日付の決まり方と呼び方に関するトリビアな日記でした。
みなさんもよい週末を。
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2006年03月14日 (火) 22:47:00

戯曲トゥーランドットについてのメモ

昨夜はプッチーニが作曲したオペラのトゥーランドットについてのトリビアでしたが、今日は、その原作となっているカルロ・ゴッツィ(1720-1806年)による戯曲トゥーランドットやその元ネタについてのトリビアです。

ゴッツィはイタリアの劇作家で、ヴェネツィア生まれです。 トゥーランドットのほかは、『三つのオレンジへの恋』(1761年)や 『鹿の王』(1762年)などがよく知られています。前者はプロコフィエフによって、後者はヘンツェによって、それぞれ、20世紀に入ってからオペラ化されています。また、ワグナーの処女作である妖精の原作もゴッツィの『蛇女』だったりします。ゴッツィのトゥーランドットはドイツの文豪シラー(1759-1805年)も強い興味をもったようで、シラー自身が1801年にドイツ語に翻訳して、ドイツ語圏にもこの物語を広めています。
ゴッツィは劇場やホテルにその名を残すカルロ・ゴルドーニ(1707-93年)の演劇改革に反対し、イタリア演劇の伝統を擁護する立場をとるような、まあ、反動的とはいわないまでも、いわば、保守的な反啓蒙主義的思想の持ち主でしたが、トゥーランドットや三つのオレンジへの恋の2作などを含めた10編の寓話劇シリーズは、シラーが翻訳したことにも示されている通り、イタリア以外のドイツやフランスなどのロマン派の作家に大きな影響を与えたといわれています。作家だけでなく、ロマン派の音楽家にも多く取り上げられているのは先に書いた通りです。

昨夜のブログで、トゥーランドットのもともとのお話は、ペティ・ド・ラ・クロワが1710-12年に出版した『千一日物語』の中の「カラフ王子と中国の王女の物語」に出ていると書きましたが、さらに、もともとは、有名な『千一夜物語』の中の「九十九の晒首の下での問答」であるともいわれています。どちらも、謎かけ姫の物語で、この謎かけ姫の物語はペルシアが起源であって、もともとの舞台は中国ではないとするのが通説のようです。謎かけ物語は日本ではスフィンクスが有名でしょう。

さて、その3つの謎とは、『千一日物語』については、以下の通りです。ゴッツィの戯曲とは微妙に違っていて、さらに、プッチーニのオペラとは大きく違っているのですが、この3つの謎がオリジナルに近いのではないかと考えられています。
第1の謎は「世界中のすべての人の友達で、自分と同等の者に我慢できないもの」
第2の謎は「子供達を産んで、大きくなると、彼らをむさぼり食う母親」
第3の謎は「表が白、裏が黒の色の葉をもっている木」
これらの答なんですが、『千一日物語』では、第1の謎の答は太陽、第2が海、第3が1年とされています。第1の謎の答である太陽については何となく理解できそうな気もします。第2の海については、川は海へ流れ込みますが、もとは海から生じたものだからだそうです。第3の1年については、1年は昼と夜から成り立っているからだそうです。
ゴッツィのトゥーランドットでは第1と第2の謎に対する答は『千一日物語』と同じ太陽と海なのですが、第3は謎自体がそもそも違っていて、謎が「海洋と陸地を支配する強大な動物」を問う謎となっており、答はアドリアの獅子となっています。アドリアの獅子はヴェネツィアの市の紋章であり、ゴッツィにとっては世界最強のシンボルであったヴェネツィア市のアドリアの獅子を第3の謎の答とすることで、自分の故郷への栄誉を讃えたものと理解されています。
プッチーニのオペラでは恋物語に仕上げるためなのでしょうが、これらの謎と答がさらに変化し、第1の謎が「毎夜生まれては明け方に消えるもの」で、答は希望。第2の謎は「赤く、炎の如く熱いが、火ではないもの」で、答は血潮。最後の謎は「氷のように冷たいが、周囲を焼き焦がすもの」で、この答が、何と、トゥーランドット姫自身なのです。もちろん、カラフ王子がすべての謎に正解します。この謎かけと謎解きはプッチーニのオペラでは第2幕に相当します。演出の違いにもよるのかもしれませんが、第3の答を待つ間にトゥーランドットはヴェールを上げて輝くばかりの美貌を明らかにし、カラフ王子にプレッシャーをかけるそうです。でも、コスチュームやお化粧がやや勘違いしているような気がするのは、昨夜のブログで取り上げた通りです。それから、ラストでハッピーエンドの第3幕に続いていくわけです。

以上が、荒川選手がフリーのBGMに使ったトゥーランドットについての2夜にわたるトリビアな日記でした。
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2006年03月13日 (月) 20:05:00

オペラのトゥーランドットについてのメモ

いろいろと考えた末に、新しいカテゴリーを立てることにしました。その名も「トリビアな日記」です。日常生活や社会で何の役にも立たないが、それなりに心豊かになる雑学を、私の知る限りでご紹介します。もちろん、私がオリジナルで調べ上げたものではありませんので、他の先学が取りまとめられたのをご紹介します。著作権は尊重しておりますが、先学と似たような表現があるのはお許し下さい。

最初のトリビアな日記はトゥーランドットです。
実は、恥ずかしながら、ミラノの冬季オリンピックで荒川選手がフィギュアスケート女子で金メダルを取ったフリーの曲がトゥーランドットだったとは、私は知りませんでした。多くの人と同じように、イナバウアーの方ばかりに目が行っていました。

トゥーランドットはジャコモ・プッチーニ(1858-1924年)の最後の作品です。プッチーニのオペラといえば、日本では長崎を舞台とした蝶々夫人が有名ですが、中国を舞台にしたこのトゥーランドットも東洋趣味のものです。トゥーランドットについては、正確には未完のままプッチーニが他界してしまったので、残りの部分はプッチーニのスケッチなどを参考にしてフランコ・アルファーノが完成させました。アルファーノに依頼したのは音楽出版社として有名なリコルディ出版社とプッチーニの息子の意向だったそうです。当時、手堅い作曲と旋律美に定評があり人望も厚かったことから、アルファーノに白羽の矢が立ったらしいです。もちろん、アルファーノはプッチーニの友人であり、弟子でもありました。
アルファーノは残された草稿などをもとに一所懸命に取り組んだんですが、トゥーランドットは未完のままであるべきだとの主張も一部にありましたし、また、プッチーニの友人で指揮者としても有名なアルトゥーロ・トスカニーニがなかなか首を縦に振らず、アルファーノはかなりの労力を費やしてしまったようです。一説には、3度の改訂を経てようやくトスカニーニのOKが出たともいわれています。そのためアルファーノはかなり感情を害してしまい、自分が完成させたにもかかわらず、死ぬまでトゥーランドットの舞台を見に行かなかったらしいです。
トゥーランドットは1926年4月25日にミラノ・スカラ座でトスカニーニの指揮で初演されました。初演の初日にトスカニーニはプッチーニ自身が書いた第3幕の「リューの自殺」の場面まで演奏し、「先生はここまで作曲されて亡くなられました」と言って指揮を止めてしまったため、残りの全曲演奏は翌日の公演になってしまったそうです。もっとも、第3幕でいったん終わるのはプッチーニの遺言だったという説もあります。

トゥーランドットは蝶々夫人と同じように、ある意味で東洋趣味の作品で、架空の時代の中国の王朝、その首都の北京を舞台にしています。トゥーランドットはこの王朝の姫の名前で、アルファベットではTurandot、中国式の漢字では杜蘭朶と書きます。もともとは、ペティ・ド・ラ・クロワが1710-12年に出版した『千一日物語』の中の「カラフ王子と中国の王女の物語」に出ているようで、さらに、その物語を基にヴェネツィアの劇作家カルロ・ゴッツィが1762年に戯曲として著しています。プッチーニのオペラはこのゴッツィの戯曲を原作としています。
ストーリーを簡単に紹介すると、氷のように冷たい心を持つトゥーランドット姫が求婚者に3つの謎を解くことを求め、解けない者の首をはねてしまうんですが、最後にダッタンの王子カラフがみごとに謎を解き、トゥーランドット姫の心を開くというものです。
なお、私はオペラそのものを見たことはないのですが、CDのジャケットなんかで見る限り、中国や東洋・アジアについて、とても誤解したコスチュームやお化粧になっている気がします。

今夜はこれまでとし、ゴッツィの原作、特にトゥーランドットの3つの謎については、明日のブログで詳しくご紹介します。
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2006年03月01日 (水) 21:51:00

スイスの表記に関するトリビア知識

今日、豪ドルの相場を調べるために、クロスレートの表がある日経新聞のマンデー日経はどこにあるか、と同僚に尋ねて恥をかきました。そんな別冊は相当前になくなってしまっているようです。ジャカルタにいたころは日経新聞を取っていて、そのころにはマンデー日経があったのですが、同僚にいわせると、最近ではそんなものは見かけない、とのことでした。我が家では朝日新聞を取っているので知りませんでした。
結局、ネット上にあるブルームバーグのサイトで調べたのですが、各国レートが載っていて、その中に、当然のようにスイスフランもあります。スイスフランの表記はCHFです。たまに、SFRと表記されることもありますが、やや田舎っぽい雰囲気が漂います。為替については、日本円がJPYで、米ドルがUSD、英ポンドがGBP、ユーロがEUR、豪ドルがAUD、香港ドルがHKDなどと、各国ともとても分かりやすい表記になっているにもかかわらず、スイスフランだけが何の略だか分かりづらいCHFになっています。これについては為替ディーラーであっても、ほとんどの人は何の略か知らないらしいのですが、私は調べたことがあります。なぜ、CHがスイスの略として使われるかはラテン語に起因しています。
CHFの最後のFはもちろんフラン(franc)なのですが、最初の2文字はConfoederatio Helvetiaの略なのです。どちらもラテン語で、前のConfoederatioは連邦や連合を意味します。英語ならconfederationです。後ろのHelvetiaは、Exciteがネット上で提供している研究社の新英和中辞典第6版によると、「ヘルベティア: a (古代ローマの)アルプス地方。b スイス (Switzerland) のラテン語名《郵便切手に表示されている名称》。」と出てきます。切手好きの人なら知っているらしいです。すなわち、郵便切手に表示されている公式の国名ということになっています。また、私はスイスに行ったことがないので確認していませんが、自動車のナンバープレートもCHと表記しているらしいです。
要するに、CHはラテン語で表記されたスイス連邦の意味なのです。最後にフランのFをつけて、CHFがスイスフランを意味しているというわけです。

ですから、インターネット上でもスイスの国をあらわすアルファベットの2文字はCHです。日本のJPに相当します。私は外交官をしていたことがあるので外務省にも友人があり、もうすでに日本に帰国した人なんですが、スイスのジュネーブに駐在していた人から教えてもらって、一昨年にスイスのフリーのメールアドレスを取ったことがあります。決して、なりすましに悪用したりしている訳ではありません。LiveNetなる業者さんです。ドイツ語と自己責任という言葉を十分に理解している人は試してみるのも一興かもしれません。もっとも、私は決しておススメはしません。そんなに使い勝手がいいとは思えないからで、日本にもっといいフリーメールがジャカスカあります。

また、スイスのジュネーブのことは、知っている人は知ってるんですが、「寿府」と外務省では呼びならわされています。特に、外交機密だったりはしないと思います。単純にレポートを短くするための知恵だと思います。
私が外交官をしていた1990年代初頭はGATTウルグアイラウンドの終盤で、ドンケル事務局長が最終案を提案したりして、各々の任国における反応なんかの情報を収集して本国に送ったりしていたんですが、報告の電報はCCでジュネーブ代表部にも転電していました。その時に「寿府代」なる言葉が出てきて、これはジュネーブ代表の意味だと教えてもらったことがあります。もっとも、その前から知っていたのかもしれません。

今夜は、女房の誕生日を祝いつつ、為替のクロスレート表から思い出したスイスのCH表記についてのトリビア知識でした。
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