2006年01月31日 (火) 22:51:00

「容疑者Xの献身」における数学の活用に不満あり

直木賞を受賞した東野圭吾「容疑者Xの献身」(文芸春秋)を読みました。
ミステリですので、詳細を書くのはルール違反です。ですから、奥歯にものの挟まったようないいかたになるでしょうが、ご容赦下さい。

ミステリとしてはまずまずで4ツ星半くらい、恋愛小説としては5ツ星くらいのカンジでしょうか。私はミステリとしてよりも、恋愛小説としての点数を少し高めにつけます。なぜなら、私は日付のトリックに勤務表のところからうすうす気付いていたからです。それに気付かない人はトリックを高く評価するでしょうが、ミステリを読みなれている人はすぐに見抜くでしょうし、これを見抜いてしまえば謎解きはそんなに難しくありません。それよりも、不可解なのは最後に中学生の女の子がとった行為です。一瞬出てきて、最後までふれられません。あれが何の意味を持つのかは、私は誰かに解説してもらわなければ理解できませんが、おそらく、誰も解説してくれないでしょう。
この中学生の女のこの最後の行為の他に、物理学助教授の数学教師に関する知識が該博すぎます。もう少し、昔の同級生と連絡を取りあったりして、情報収集に励む姿があれば説得的だったと思います。ミステリですから、どこかに裏の裏をかく要素が欲しかったのですが、犯人も謎解きの方も一直線で進みます。恋愛小説の要素との調和を取りすぎているような気がします。

恋愛小説としては、二都物語の焼直しと見る人もいるかもしれませんが、ハッキリと違います。計算されつくしたピカレスク小説という見方もできます。もちろん、スペイン的・カトリック的な要素を取り除いたピカレスク小説です。数学教師は純粋な愛に生きているのだと解釈する人が一般的かもしれませんが、そのためには違う道があるハズで、彼の行為はダーティーであり、ピカレスク的というか、アンチヒーロー的としか私には思えません。私の目から見れば、ということですが、目的が純粋でない上に、やり方もダーティーです。もっとも、前者の目的については異論もありえようと思います。しかし、ダーティーであろうとなかろうと、とてもいい恋愛小説です。大人の恋の物語です。数学者が全部こうだとは全然思いませんが、せちがらいエコノミストの業界ではまず見られません。それだけに、私もいつかはこんな恋がしたいものです。文句なく5ツ星でしょう。

最後に、工学部出身のエンジニア経験のある作者なんですから、もう少し数学をうまくキーワードに使うことができなかったのかな、という気がします。途中に物理学助教授と数学教師が久し振りに再会する場面でリーマン予想が出てきますが、リーマン予想でもポアンカレ予想でもいいんですが、もっと数学をうまくペダンティックに使えなかったものだろうか、という気がします。21世紀に未解決のまま持ち越された数学の難問として、リーマン予想、ポアンカレ予想、P=NP問題があるといわれており、「容疑者Xの献身」ではポアンカレ予想以外のリーマン予想とP=NP問題はチラッと出てきます。クレイ研究所の名前も出てきます。となれば、クレイ研究所が各100万ドルの賞金を出したミレニアム問題くらいは思いっきりペダンティックに、どこかに出てきてもよかったのではないでしょうか。
私でも、クレイ研究所のミレニアム問題くらいは知っています。例えば、もっとも難問と見る向きすらあったポアンカレ予想については、ステクロフ研究所に勤務するロシア人科学者のペレルマン博士によって2002年に証明され、現在も検証中なんですが、ほぼ正しそうだという評価を得つつあります。「容疑者Xの献身」にも出てくるリーマン予想については、パーデュー大学のド・ブランジュ教授が2004年に証明したといって、自分のホームページに論文をアップロードし、ピアチェックを呼びかけました。でも、この人は数年おきにリーマン予想を証明したと言い出す人なので、ほとんどの人は疑っていたのですが、やっぱり、昨年2005年12月に自ら間違っていましたゴメンナサイとホームページ上にPDFファイルをアップロードしました。蛇足ながら、リーマンについてはナッシュ教授を題材にして、アカデミー賞を取ったビューティフル・マインドにも出てきましたし、歴史を画する数学者として名声が確立しているようです。
ド・ブランジュ教授に戻って擁護しておくと、20年以上も前にビーベルバッハ予想を解いたことで知られる高名な数学者ですので、とても優れた知性をお持ちの方なんですが、リーマン予想についてだけはボケをかますことが多く、今回の2004年の証明もほとんど黙殺されていたようです。ド・ブランジュ教授はどうしてもビーベルバッハ予想を解いたのと同じように、リーマン予想も整関数のヒルベルト空間における関数空間論に帰着させたいようなんですが、これにムリがあると考えられています。ですから、リーマン予想については、これからもボケをかまし続ける可能性が十分あります。

さてさて、話が長くなりましたが、数学者が犯罪を犯すととてつもないことになるのは、ホームズ物語のモリアティ教授を持ち出すまでもありません。「容疑者Xの献身」でも論理構成の緻密さのシンボルとして数学教師を用いているように見受けられます。ですから、もっとペダンティックな嫌味が残るくらいに数学を使うのはいかがなものだったかなあ、と思います。
でもいずれにせよ、私は泣き出しもしなかったし、電車を乗り過ごしたわけではありませんが、久し振りにとてもおもしろい小説を読みました。直木賞を受賞するだけの力量を感じさせる作者の作品です。少し辛口の批評を展開してしまいましたが、二重丸のオススメです。
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2006年01月30日 (月) 23:54:00

たまごっちがかしこ組に入る

我が家の子供達のたまごっちが、ともにかしこ組に入ったそうです。せっせとかしこさのガッツポイントを貯め込んでいたかいがあったようです。
たまごっちだけでなく、本人たちにもがんばって欲しいです。
親のホンネです。
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2006年01月30日 (月) 23:10:00

最適解の算出

最近、格差についての議論が盛んになっています。小泉政権下で格差が拡大したのではないか、との観点からの議論が多いのですが、内閣府はそれを否定する資料を作成して、月例経済報告閣僚会議に提出したりしています。

エコノミストは独特の表現かもしれませんが、配分と分配を厳格に区別します。配分については大いに論じますが、分配については歯切れが悪くなります。配分とは資源配分のことであり、事実問題として捉えられますが、 分配とは所得分配を指し、価値問題を取り扱うからです。誤解を恐れずにいえば、資源配分は効率の問題で、効率化すれば全体のパイが大きくなる可能性がありますが、所得配分は誰にどう配分するかで、もっといえば、格差がどれくらいが望ましいか、とは、エコノミストからは何らかの意見をいえない、あるいは、いうべきではないとの考えをする人が多いからです。
例えば、所得面での格差がまったくなくなるということは、いくらがんばって働いてお給料を稼いでも、一定額以上は税金で持っていかれて、別の言い方をすれば、限界税率が100%になって、政府が最終的な平等を実現してしまうことですから、勤労意欲が大いに減退すると考えられます。しかし、格差が大き過ぎて、憲法で保障する文化的な生活ができる最低所得も得られないようであれば、それはそれで問題でしょう。現実の格差が大きすぎると判断されれば、何らかの所得格差を調整する手段が導入されるべきであると考えられます。生活保護であったり、累進課税であったりします。しかし、それをどのレベルで行うかは、エコノミストは何もいいたがりません。

これはとても奇妙に見えます。ゼロでも100でもダメなんだったら、その間のどこかに最適解があるハズで、十分な情報があればそれを算出できなければおかしいです。でも、その作業をエコノミストはしたがりません。政治的な選択に任せようとします。効率のための事実問題ではなく、価値問題として分類される場合も多いです。

私の勝手な感想ですが、これは実際の計算問題として、あまりに複雑で計算し得ないからだと思っています。正確な算出を期待できるだけの情報がない、というわけです。

格差是正のための所得配分問題で、1980年代前半の米国レーガン政権下のラッファーカーブを思い出された方も多いでしょう。あの時は、私が持ち出した格差のゼロも100も困るという論法と同じで、例えば、個人所得税の税率はゼロから100までですが、ゼロの時も100の時も税収はゼロになると考えられます。すなわち、税率ゼロであれば税収ゼロは当たり前なんですが、税率が100%だとすると、所得をすべて税金として政府が取り上げるわけですから、誰も所得を得ようとするインセンティブがなくなり、要するに、働いても所得税の税率が100%であれば、誰も働いて所得を得ようとする人がいなくなるから、税収もゼロとなります。所得税の税収は所得×税率なんですが、税率ゼロの時は×の後ろの税率がゼロとなり、税率100%の時は×の前の所得がゼロになるから、ともに税収はゼロとなります。ここまでは論理的には正しいような気がします。
ですから、ラッファーカーブの議論では、税率ゼロと100の間のどこかに税収を最大にする最適解があると考えられます。これも大きなムリはないように見受けられます。しかし、最後でコケるんですが、当時の米国の税率は、税収を最大にするという意味での最適解よりも高い、との議論がまかり通ったのです。つまり、税率を下げれば税収が増える、というわけです。これはかなり怪しいといわざるを得ません。はっきりいえば「トンデモ経済学」だと思います。
しかし、しかし、なんですが、あの世界の超大国の米国で、しかもその米国の大統領がこの説を信じ切って、さらに、さらに、で、米国議会までがその税法案を可決してしまいました。蛇足ですが、もともと議会とは国王や政府が勝手に税金を取り立てないように、国民の側から監視するために設置されたのが起源ですから、議会はこのチェック機能を果たす必要があります。しかし、ここは呉越同舟・同床異夢であったとしても、税率引下げの議案は多くの議員から賛同を得られやすいと想像されます。で、結局のところ、税率を引き下げた結果、米国の税収は減少してしまいました。

この結果、エコノミストは最適解があるハズと理解していながらも、最適解そのものを算出するのに、とても慎重になった気がします。
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2006年01月29日 (日) 19:27:00

この週末はたまごっち一色で終わる

この週末は、昨日の土曜日に私が松戸駅前のバンダイミュージアムで、開店前から並んでたまごっちを買ってから、たまごっち一色になりました。子供達のたまごっちは幼稚園に通っていて、明日にもスクールに進学しそうな勢いです。こんなに早く子供が成長してくれると父親業もラクなんですが。
それにしても、腰の状態が悪化するのを省みずにバイダイミュージアムに開店前から並んだにもかかわらず、私が買った新色のたまごっちは、今日になっても有楽町のビックカメラで店ざらしになっていたそうです。まあ、人生は確率ですから、確率から考えてベストの方策を取ったまでで、これはこれでよかったんだと思います。

本当に、親バカとはいえ、父親業の大変さを痛感した週末でした。
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2006年01月29日 (日) 16:36:00

たまごっち育成で明らかになる子供達の性格

たまごっちを買い与えて、我が家の子供達がやっぱりプラクティカルであることがますます明らかになってきました。もちろん、これは親のミラーなのでしょう。

昨日買ったばかりですので、今日も我が家の子供達はたまごっちで遊びます。ごっちポイントをためて、いろんなものを買い求めます。ごっちポイントは要するに、たまごっちの世界のお金です。おとうとの下の子はお菓子の木を買います。お菓子の木を買っておけば、いちいちお菓子を買わずにすんで、ごっちポイントを払う必要がないからです。
たまごっち星に旅行する時には、マニュアル通りなのですが、堅実にも保険をかけます。危険な惑星間旅行でお土産をなくしたら困るからです。

育て始めてまだ2日目ですので、たまごっちは幼稚園に通っています。幼稚園の次はスクールだそうです。スクールを終えると就職します。順次、結婚して子供を生んで、最後は老後生活を送ります。
おにいちゃんも、おとうとの下の子もスクールには、かしこ組に入れたいと、がんばってかしこさのガッツポイントアップに励んでいます。これはモロに親の影響なのでしょう。確かに、自分でもそういう育て方をしているような気がします。なお、蛇足ながら、ガッツポイントが、かしこさ、オシャレ、やさしさ、の3要素からなっているのですが、大雑把にいって、おにいちゃんのまめ属がかしこさに強く、下の子のめめ属がオシャレに強く、くち属がやさしさに強いんだそうです。ですから、下の子はかしこさポイントを上げないと、スクールのかしこ組に入れないと、がんばってポイントをためています。さらに、蛇足の蛇足ですが、幼稚園ではすべてのたまごっちに差別や区別はなしで、全員がフリル先生といっしょにお遊戯したりするそうです。でも、スクールではクラスごとに先生が異なります。かしこ組の担任は辞典亀先生だそうです。今朝9時に配達されたごっち新聞では、辞典亀先生が甲羅から出られなくなった、とトップニュースで報じられていたそうです。

お金をためる、危ない時は保険をかける、かしこい子の集まるクラスに入れる、いい会社に就職する、などはまさに現代社会の縮図になっているような気がします。お金をためるのは一直線ですが、スクールのクラスについては、かしこ組のほかに、オシャレ組とやさし組もあり、女の子であればそちらの方に流れる子供も割りといそうな気がします。でも、我が家の子供達は男の子ですから、親からの影響をモロに受けつつも、たくましく、実践的な方を選んでいるのだと解釈しています。

下の写真は、今日もたまごっちで遊ぶ我が家の子供達です。特に、おとうとの下の子が「おとうとができたみたい」と喜んで遊んでます。

たまごっち
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2006年01月28日 (土) 17:49:00

たまごっちで遊ぶ

これだけ大流行のたまごっちですから、多くの方がご存じで、それ専門のホームページもありますので、今さらとは思いますが、以下は、たまごっちの概要について、私の知る限りの知識です。もちろん、私より子供達の方がよく知っています。

たまごっちは基本的に人生を送ります。生まれてから、幼稚園や小学校に行き、就職します。最後は老後の生活を送ります。訪問販売が訪れたり、結婚したりもします。もちろん、子供も生まれます。我が家ではおにいちゃんのがメスで、おとうとの下の子のがオスですから、将来は結婚させるそうです。人生ゲームと同じで、お金を稼いでいろんなものを買います。もちろん、オヤツを買って食べますし、入浴剤を買ってお風呂に入ったりします。

我が家の子供達のたまごっちのキャラは、おにいちゃんのがまめ属のメスで、おとうとの下の子のがめめ属のオスです。先ほど書いたように、将来は結婚させる予定だそうです。ほかに、くち属とか、いろんな属があるようです。各たまごっちはガッツポイントなるものを持っています。かしこさ、オシャレ、やさしさ、の3つで、いろんなことするとポイントが上がっていきます。このガッツポイントにより、学校や就職先が決まるそうです。

今度のたまごっちが一昔前から大きく変化した点は通信機能です。「ツーしん」と呼ばれています。まず、パソコンのインターネットでたまごっち星に行けます。そこでルーレットのようなゲームをして、お金やオヤツなどを持ち帰ることができます。このあたりの技術的な仕組みは社会科学系のエコノミストにはサッパリ分かりません。なお、惑星間旅行は危険がいっぱいですので、保険に入っておかなければうまく持ち帰れないこともあります。たまごっち星の中でも、結婚しないと行けないところとか、子供がいないと行けない場所などがあるそうです。なお、パソコンだけでなく、携帯電話との通信も可能なようですが、我が家は誰も携帯電話を持っていませんので、よく分かりません。それから、もうひとつの通信機能はたまごっちどうしの通信です。もちろん、そんなに強い電波ではないのでしょうが、たまごっち間でかんたんなやり取りができます。たまごっちを10センチ以内にくっつけて通信するようです。

下の写真は、左がたまごっちのパソコンでの通信をする下の子とその後ろのおにいちゃんで、右のがたまごっち間の通信でおにいちゃんからお餅を受け取る下の子です。

たまごっちパソコン  たまごっち通信

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2006年01月28日 (土) 11:25:00

たまごっちを買う

今日はたまごっちの新色の発売日です。
10年近く前の1997-8年ころにはやっていたのが、今また大流行なのはご存じの通りです。
我が家でも先日の幕張メッセでの次世代ワールドホビーフェアで買えればいいナ、と思っていたんですが、さすがにすごい人出で買えなかったことから、おとうとの下の子がとても欲しがるようになりました。買えなかったがために、もっと欲しくなってしまったようです。それに、お正月にもらったお年玉の使い道を考えていたおにいちゃんも便乗し、子供達が兄弟2人して「たまごっち欲しい」の大合唱を始めました。
松戸駅前には有名なバンダイミュージアムがあり、その中にガンダムカフェがあったりするのですが、たまごっちはバンダイですので、ここの5階にある萬代屋で売っています。もちろん、ほとんどいつでも売り切れています。私は今日が新色の発売日だと知っていたので、昨日のうちに電話して販売方法を確かめると、人出にもよるが基本的には整理券は出さずに、通常の販売で1人3個までに制限する、とのことでしたので、我が家を代表して私が今朝から並びました。

10時開店の1時間ほど前を目指して、今朝9時過ぎにバンダイミュージアムに着くと、すでに10人ほどが並んでいて、私も行列に加わります。おかあさんよりも私と同じようにおとうさんが行列に駆り出されている場合の方が多かったように見えました。私は持ち込んだ本を読み始めます。すぐ後ろに来て並んだ人から、「用意周到ですネエ」と感心されます。しかし、残りわずかなページ数の本を持ち込んだので、すぐに読み終わり、次の本に取りかかります。私の後ろの人はさらにびっくりしていました。読み始めたのは直木賞を取った「容疑者Xの献身」です。最後がよくて、電車を乗り過ごすほどだと聞いていましたが、さすがにそこまでは読み進めなかったので、私もたまごっちを買い逃すことはありませんでした。
10時前にスタッフが行列のところに来て、今日新発売の新色や販売方法などを説明してくれます。10時の開店の時点で後ろを見ると、私の後方には20人あまりが並んでいて合計で30人あまりで行列を作っていました。3階の入り口からスタッフに誘導されて整然と日本人らしく、エスカレーターで5階の萬代屋脇にしつらえられていたたまごっち専用のレジに向かい、これまた整然と1人3個ずつたまごっちを買い求めます。先ほど申し上げたように、私は列の10番目ほどでしたので、難なくお目当ての色のたまごっちを買うことができました。
親バカも割りと疲れるものです。

無事にタマゴッチを買って、10時半ころに家に持ち帰ると、子供達が早速遊び始めます。
下の写真はたまごっちを手に入れて満足そうな子供達です。

たまごっち
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2006年01月27日 (金) 21:15:00

テレビ朝日のきょうの運勢「教えてお星さま」

我が家では、毎朝、出かける前の朝食時なんかはテレビを見ています。多くのご家庭でそうではないかと思います。もっとも、私の知る限りでは、朝食時には音楽を聴いてテレビは見ない、という人もその昔には役所にいました。もう17年前のことですが、昭和天皇がお亡くなりになった折りに、1人だけテレビを見ていないものだから、知らないままに役所に来て、大騒ぎした人がいたりしました。今はもう退官した、当時の私の上司だったりします。

朝のテレビの締めくくりはテレビ朝日のきょうの運勢「教えてお星さま」です。5時50分から8時にテレビ朝日で放映されているやじうまワイドの最後のコーナーで、当然ながら8時直前に放映されます。子供達はこれを見てから小学校に出かけ、私も少しだけ子供達に遅れて出かけます。小学校は8時20分から朝のホームルームのようなものが始まり、役所の定時は9時半始まりです。
このきょうの運勢「教えてお星さま」なんですが、Presented by エミール・シェラザードとなっています。「Hanako」などで人気の方が監修しているらしいです。 おひつじ座に始まってうお座までの12星座に基づく、わりとありきたりの星占いで、順番は忘れましたが、金運、恋愛運、健康運の3つについて、星、というか、この番組のキャラクターであるやじ夫とうま子と呼ばれる馬みたいなの5つが満点の方式でその日の運勢が表されます。全体の流れでは関係ないので、とりあえず、今日のブログでは「馬」ではなく、「星」と呼んでおきます。最後に、この3つの運勢と全体運を併せて、もっともその日の運勢のいい星座も教えてくれたりします。時折、5つ星よりもっとラッキーな場合はラッキーブルーベアが出たりします。それから、星の数だけでなく、ラッキーカラーとラッキーアイテムも下の方に出ます。まあ、当たり前ですが、見てる人はみんな知ってます。見ていないがご興味ある方向きはテレビ朝日のホームページでも毎日公開されています。やじ夫とうま子の星占いがそうです。
ところが、この星の結果がとてもうさん臭いように我が家では考えています。なぜなら、もっともらしいバラツキが見られないのです。

まず、星座の間でのバラツキがヘンです。必ず星の少ない星座と多い星座が交互に出てきます。最初のおひつじ座で星が少なければ、次のおうし座は星がいっぱいで、さらにその次のふたご座はまた少ない、以下同様の繰返し、となっていて、最初のおひつじ座を見ると、その日の自分の星座の運勢がいいのか、悪いのか、だいたいの見当がついてしまいます。私は9月生まれのおとめ座なので、最初のおひつじ座で星がいっぱい出ると、必ずといっていいほど星の数は少なくなります。逆に、おひつじ座が星が少ないと、おとめ座では星がたくさん出る傾向が明らかです。
それから、同じ星座の中で金運、恋愛運、健康運の3つの運勢で、ほとんどバラツキがありません。この3つの運勢すべてでおしなべていいか悪いかのどちらかです。健康運は星1つで悪いが、金運は星が5コ出てとてもいい、なんてケースは見たことがありません。いい日はすべての運勢がよくて、悪い日はすべてが悪いことになります。なんか、エミール・シェラザードさんが監修しているにしては、適当に作っているような気がしてなりません。

そうはいいつつも、星の数で表される運勢以外にも、ラッキーカラーやラッキーアイテムも出てきますので、我が家では子供達を中心に毎朝熱心に見ています。それはそれで不思議だったりします。
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2006年01月26日 (木) 23:16:00

パングロシアン・エコノミスト

先日、とあるエコノミストとランチの場で、経済の先行きに与えるライブドア事件の影響について議論していたところ、何の脈絡かは忘れましたが、「吉岡さんはパングロシアンですねえ」といわれてしまいました。私はそれなりに教養豊かで基礎知識がありましたので、「そんなに脳天気ではありません」と反論しておきました。でも、ひょっとするとそうなのかもしれません。

薀蓄を少し。パングロスとはヴォルテールが1759年に発表した「カンディードあるいは楽天主義説」(Candide, ou l'Optimisme)の主人公であるカンディードの家庭教師である哲学者です。学位を持っているようですから、ちゃんと肩書きをつければパングロス博士(Monsieur le docteur Pangloss)です。もっとも、ヴォルテールはこの小説を自作であるとは公には認めなかったようで、この小説は「ラルフ博士」なるペンネームにより、いわば匿名で発表されたらしいです。私は仏文はよく知りませんし、この小説も読んだことはありませんが、そのようなトリビア知識はそれなりに持っています。この小説の中ではいろんな不幸や災難が巻き起こるのですが、パングロスは「すべての出来事は最善」(tout est au mieux)とのモットーを披瀝し続けます。要するに、パングロスとは現状肯定派の脳天気なオッサンであるとエコノミストの間では考えられています。パングロシアンとはまあいってみれば、このようなパングロスと同じような考え方を持つ「パングロス主義者」とでもいうことになります。形容詞としても使われます。ですから、私はそんなに脳天気ではないつもりだ、と反論したわけです。

パングロシアンな考え方は、私のようなエコノミストの業界よりもダーウィニズム的、あるいは、ネオ・ダーウィニズム的な進化論で使われることが多いようです。進化の結果として存在する現在がもっとも進化の進んだ段階であり、進化論的にはもっとも望ましいように適応して進化してきたハズである、と考えるのはそれなりに自然なことだからです。もっとも、パングロシアン・パラダイムという言葉は批判的に使われたのが最初の用法でした。
すなわち、話が長くなりますが、1970年代にハーバード大学のウィルソンが提唱した「社会生物学」に対する反論で、同じハーバード大学のグールドとルウォンティンの「サンマルコ寺院のスパンドレルとパングロシアン・パラダイム: 適応主義プログラムの批判」で最初に使われたといわれています。批判された方のもともとのウィルソンの主張は、動物の社会的行動の多くは生物学的適応として説明できるとみなして、人間にも同じような説明を適用できるのではないか、とのことだったのですが、これをパングロシアン・パラダイムとしてグールドとルウォンティンが以下のように批判しています。つまり、スパンドレルとは日本語では「三角小間」と称され、ドームやアーチを押し上げるときに必然的にできる構造なんですが、完成すると独自の装飾機能を果たすことになる部分です。もっと分かりやすくいえば、建築する時には、それがなければ、そもそも建物が完成しないくらい、なくてはならない部分なんですが、出来てしまえば建築物としては不要な部分で、取っ払うわけにもいかないので、何らかの装飾がほどこされることになります。それはそれで美しかったりします。その意味で、この言葉をグールドとルウォンティンは進化生物学でも、別の機能のために選択された構造的あるいは生化学的必然だったのが、その後にほかのまったく異なる機能を司るようになることがありえるので、進化は望ましくて適応力の高い方に単純に進むわけではない、との例として取り上げてウィルソンを批判しています。

しかし、確かに、私の歴史の見方はどちらかといえばウィルソンの説に近いです。つまり、望ましいかどうかはともかく、基本的に、生物の進化を含めた歴史は確率的に微分方程式に沿った形で進んでいると思っています。単純に微分方程式に沿った形で進めば、未来は決まってしまいます。微分方程式は方向と距離を、すなわち、高校数学の用語を借りれば、ベクトルの向きと大きさを決めますから、初期値さえ与えられれば後は一直線、というか、もちろん、曲線なんですが、要するに決定論的に単純に進む世界であり、歴史となります。これは絶対的もしくは強度の運命論であり、世界の始まりから終わりまでの歴史を書き記したアカシック・レコードがあると信じるようなもんですから、現実的ではありません。なお、トリビア知識をもうひとつ披露すると、「アカシック」とはサンスクリット語で「虚空」のことらしいです。それで話を戻しますと、アカシック・レコードを信じるのは現実的ではありませんから、私は確率を持ち出します。つまり、微分方程式からズレが生じるのです。時には2σを超えて、つまり、5%以下の確率でズレることもありえると考えています。もっとも、ジャンプやシフトはせずに連続的なズレを生じるだけだと思っています。
ズレが生じるのであれば、もともと微分方程式なんか持ち出さなくても、ブラウン運動していると考えたっていいじゃないか、との批判もありえましょうが、もともとの基本ラインがあって、そこからズレを生じるのと、もともとは何もないところで勝手気ままなブラウン運動をするのとは大きく違います。やっぱり、何か基本的で根本的な科学的法則のようなものがあると信じることは心の安定を得られると思います。微分方程式的な科学的法則の存在を信じる理由があんまり科学的ではなく、かなり宗教的であることは認めます。
なお、蛇足ながら、畑村洋太郎「直観でわかる数学」(岩波書店)では、ほとんどの微分方程式は解けないので、解ける微分方程式、すなわち、変数分離型に持ち込める微分方程式さえ解ければそれでいい、と書いてありますが、畑村先生ご自身も認めておられるように、コンピュータを使って再帰的(リカーシブ)に解けば、すべての微分方程式は解けます。ですから、解けない微分方程式で人類の歴史が記述されているのではないかと心配する必要はありません。

書いているうちに、表題のパングロシアン・エコノミストの「微分方程式的」な基本ラインから、話がどんどん「確率的」にズレを生じているのですが、要するに、今夜のこのブログ自身が人類の進化の歴史を象徴しているわけです。
もしも、最後までお読みいただいた方がいらっしゃるのであれば、誠に申し訳ありませんが、今日のブログは最初のパラグラフがすべてで、後はトリビア知識の披露に終わってしまったことを深くお詫び申し上げます。なお、どうでもいいことですが、本日のブログは「経済評論の日記」とはせずに、「普通の日記」に分類しておきます。
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2006年01月25日 (水) 22:26:00

読書についての雑感

先週の雪の土曜日に私は出かけることをせずに、古いミステリの文庫本を1冊読んでしまいましたが、よくよく考えると、私の読書量はそんなに多くはありません。新書や文庫本にハードカバーの新刊書を合わせて、月に4-5冊くらいのものです。先日、神田駿河台にある私大の教授とお話しをしていて、大学教授ともなるとかなりの額の書籍購入費がもらえることを知りました。普通の役人はそうはいきません。

一昔前までは趣味といえば読書と答える人が多かったような気がします。私も学生時代まではかなりたんねんに本を読む方で、経済学のテキストなどはノートを取ったのが大量に残っています。また、役所に就職する時の面接で、大学時代にやったことで自慢できるのは何かと聞かれて、スミスの「国富論」、リカードの「経済学及び課税の原理」、マルクスの「資本論」、ケインズの「雇用・利子および貨幣の一般理論」の古典を読んでいると答えた記憶があります。官庁エコノミストでもマルクスの「資本論」まで読んでいる人はいなかったので、それなりに感心された記憶があります。もっとも、面接官の方であきれてしまったのかもしれません。

ジャカルタにいる時には、片道1時ほどの道のりを運転手付きの自動車に揺られてドアツードアで通っていたので、たっぷり時間があることから、大昔に読んだ大作の本を読み返したりしました。最初の夏にコロンビア大学に留学していた後輩がジャカルタに私を訪ねてくれて、大学が夏休みの2ヶ月ほどいっしょに研究活動にいそしんでいたりした時に、その人は自動車の中で本を読むと乗り物酔いするといっていましたが、私は平気でした。ですから、サンティアゴ時代に読んだガルシア・マルケスの「百年の孤独」のほか、ブルクハルトの「イタリア・ルネッサンスの文化」、フロムの「孤独な群集」などをせっせと読み返した記憶があります。こういった昔からの名著ではないのですが、分厚い本ということでは、ジャカルタに出張してきた政策投資銀行の知り合いから黒木亮の「アジアの隼」をもらって読んだこともあります。今は、同じ作者が昨年出した「巨大投資銀行」もそのうちに読もうかと思っています。まだ買ってませんが。

私が読書に関して有利だと思うのは、ジャカルタのころほどではないのですが、通勤時間が長いことです。往復で1日1時間半、乗換えなしで松戸から官庁街まで電車に乗っていますので、それなりに本を読む時間があります。ジャカルタに赴任する前に杉並に住んでいたときから考えると2倍くらい電車に乗っていることになります。もちろん、通勤読書ではノートを取ってたんねんに読むのは不可能ですが、それなりに知識の補給と情報の収集には役立ちます。

先日、芥川賞と直木賞が発表されましたので、これも近いうちに読みたいと思っています。私は以前から芥川賞は「文芸春秋」で読むのが選評も併せて読めるのでオススメしているので、今は次の「文芸春秋」の発行を待っている状態です。また、いつもはやや無視に近いんですが、前回の芥川賞の「土の中の子供」があまりにもつまらなかったのと、今回は久し振りにミステリが選ばれたようなので、今回は直木賞の東野圭吾「容疑者Xの献身」も読んでみようかと考えています。強く勧めてくれる知り合いもいます。ただし、これは「オール読物」ではなく、単行本を買おうと思っています。
「容疑者Xの献身」をもう読んで、勧めてくれた知り合いからは、最後がいいと聞きました。中年のオッサンでも泣けるとか、思わず電車を乗り過ごす、と教えてもらいました。ここまでいわれると、読んでみるしかありません。
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2006年01月24日 (火) 20:47:00

クレジットカードとメールアドレスが増え続ける

私は割合と勧誘に弱い方です。ひとつだけ例外なのは節税目的のワンルームマンションの購入を勧めてくれる電話勧誘です。会って説明を聞いたりすると、元来が勧誘に弱いことを自覚しているだけに、ついついその気にならないとも限りませんので、完璧に断ることにしています。先方の連絡先電話番号を聞いておくテクニックは昨年11月18日のブログで書いたとおりです。
しかし、エコノミストですから限界的にタダなものは大好きですし、エコノミストでなくても絶対的にタダなものはお得感を持ちます。勧誘と呼べないレベルでも、何らかの情報があれば、物は試しで入手してみようという気になってしまいます。
私にとってそのタダのものの代表がクレジットカードとメールアドレスです。この両者はかなり対象的なのですが、なぜか、世の中にタダのクレジットカードとメールアドレスがあふれているような気がします。特に、希少性に欠けるインターネット資源であるメールアドレスは無料のがとても多いです。

一応、クレジットカードについては誤解のないように申し上げておきますと、もちろん、私も年会費の支払いが必要なちゃんとしたクレジットカードも持っています。メインで使っているクレジットカードは某有名クレジットカード会社が発行している同窓会カードです。京都大学経済学部の卒業生を対象にしたクレジットカードで、よくもまあ対象者が少ないカードだと、勧められた時はびっくりしました。実は、私の女房は東京にある巨大私立大学の出身なのですが、女房も大学の卒業生を対象にしたクレジットカードを持っている、というか、少なくとも、結婚した時には持っていたのですが、東京の巨大私立大学卒業生を対象にするのと、地方大学である京都大学の、しかも学部まで特定した経済学部の卒業生を対象にしたカードとでは、対象範囲がケタ違いに違うような気がします。
ともかく、クレジットカードがどうしても増えてしまい、前回は2000年にジャカルタへ赴任する前に整理したのですが、その後も増えてきましたので、昨年暮れにもまたしてもいくつか解約しました。中には、それまで年会費無料だったのに、突然、会費を取り始めることを通告してきたので、さっさと解約したものもあります。札入れのサイフに納まる範囲で持つように心がけています。

メールアドレスも、我が家では、3つのプロバイダから7つのアカウントを取得していますが、それ以外にもフリーのアドレスがかなりあります。最初は、我ながらうまく使い分けていたつもりだったのですが、このごろは多くなり過ぎて、どこの登録をどのメールアドレスでしたのか、やや混乱してきたので少し整理を始めました。30ほど解約しました。放置してあるのも10以上あるような気がします。
実は、昨年終わりにすごいフリーメールを見つけて、各種登録先をそこに一括で移し変えつつあります。何がすごいかというと、ほぼ無制限にエイリアスを登録できることです。この場合のエイリアスとは、要するにアットマーク、つまり、@の前の部分を本来のIDとは異なるのを登録できるのです。そして、そのエイリアス宛てのメールも本来のIDと同じアカウントに転送してくれるます。もちろん、実際に無制限ではなくエイリアスは1000までと制限されているのですが、1000も使えれば事実上は無制限と同じです。私でも50くらいしか登録してありません。エイリアスは登録しておいて、しばらく使った後に削除もできるので、メールアカウントを取得して解約したのと同じようなものです。もっとも、ありふれたエイリアスを登録すると、ご同輩が削除した後の筋悪のだったりして、かえってスパムメールが飛び込んできたりします。

そのうちに、このメールアカウントを悪用ではなく、もっと何かにうまく使う道がないものかと考えています。
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2006年01月23日 (月) 23:18:00

体重オーバーで結婚指輪を修理に出す

年末からお正月と家でウダウダする機会が多く、お酒こそ飲みませんでしたが、ついつい食べ過ぎて運動不足となって、またまた、体重が少し増えてしまいました。
ウェイトオーバーで困りそうなのは洋服なのですが、これは何とか着られているので大丈夫です。洋服以外で肉体的には、このところ、腰が悪くなりつつあります。昔から右ひざとともに腰は悪かったのですが、最近も、背もたれのない丸イスのお店での飲み会の時に、しびれるような腰の痛みがあり、何度も中座しては軽いお散歩をせねばなりませんでした。職場のボスもいっしょでそれなりに重要な会合だったので、とても困ったことがあります。周囲の人が同情的で何とか切り抜けました。

しかし、もっとも困っているのは指輪です。今年の秋に左手を火傷した時から何となく結婚指輪を外していたところ、お正月を越えて付け外しが困難となるまで太ってしまい、先日、結婚指輪を購入したお店で相談しました。そうすると、枠交換とかいう手法でお安く修理してサイズを大きくできる、とのことでしたので、早速、修理に出しました。少し時間がかかってしまい、修理を終えて受け取れるのは来月になるようです。
結婚から10年以上もずっと指輪をしてきて、入浴時に取り外すくらいだったのですが、やっぱり、指輪をしていないと何ともいえない違和感があります。よくよく見ると左手の薬指には結婚指輪の跡がありますし、指輪をはめられるように早く修理が終わって欲しいと思っています。
結婚10年を過ぎて子供が小学生になると、我が家の女房も結婚指輪でない別の指輪をすることもよくありますし、一般的に男性では外してしまう人もめずらしくないのでしょうが、私には左手薬指の指輪が何となく愛着があり、別の指輪をしてみようかと考えています。かなり以前にメキシコシティーに行った時にダウンタウンに足を伸ばして、1コ2-3ドルでお安く入手した925シルバーの指輪もいくつかありますし、中にはアステカのカレンダーをあしらったお気に入りのもあります。

結婚指輪の修理が終わるのを待ちつつ、お正月で太ってしまった体重を減らさねばらりません。今までは、出されたものはすべて食べるのを美徳と考えてきましたが、私もこの歳になれば、ダイエットに努力しなければならないのかもしれません。
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2006年01月22日 (日) 18:05:00

次世代ワールドホビーフェアの後、松戸に帰って雪遊び

今日は、幕張メッセで開催されている次世代ワールドホビーフェアに行きました。主たる目的はおもちゃを買うことです。しかし、日曜日の出陣では売切れ続出で、なかなか思うものを手に入れることは難しかったです。
何はともあれ、ものすごい人出でした。次世代ワールドホビーフェアはイベント会場と販売会場が分かれているのですが、ほぼ100%プラクティカルでミーハーなところの少ない我が家はまっすぐに販売会場を目指します。しかし、待ち時間90分で延々と行列させられます。しかも、おとうとの下の子のお目当てのたまごっちは早々に売り切れてしまっていて、関連製品とともに入手できませんでした。残念。でも、もうひとつのお目当てのポケモン・カードゲームのホロンの疾風の拡張パックはメディアファクトリーが太っ腹なところを見せて、今週1月27日(金)の一般発売に先駆けて、1人10パックまでの先行販売をしており、我が家も私と子供達とで何パックか買い求めます。拡張パックは中身がそれぞれに違いますので、子供達は慎重に選びます。私は適当に引っ張り出します。販売コーナーから中に入り、コロコロコミックスとドラえもん、ムシキングなどでおもちゃや本・マンガなどをいろいろと買い求めます。
下の写真は、左が幕張メッセをバックにした我が家の子供達で、右が次世代ワールドホビーフェアの会場内にてコロコロコミックのドラえもんのコーナーで今度の映画のプロモーション看板をバックにした子供達です。

幕張メッセ  次世代ワールドホビーフェア


ものすごい人出だったので、早々に幕張メッセを退散し、松戸に戻ってきましたが、子供達は少し遊び足りないようなので、家に帰るまでに近くの原っぱで少し遊ばせます。我が家は松戸駅から歩いてかなり遠いのです。まだ人が入っていない真新しい雪がいっぱいあり、子供達は雪を蹴立てて遊びます。昨日は雪ダルマらしきものを作るのに一所懸命でしたが、特に今日は、まだ人の踏んでいない新鮮な雪の表面から雪のプレートを丸く切り出すのに心血を注いでいました。なるだけ大きく表面を切り取るように兄弟で競争していたようです。時々、雪玉を作っては私に投げたりもしていました。
下の写真は、雪の表面を切り取る競争をしているところで、左が下の子で、右がおにいちゃんです。やっぱり、うちの子はかわいいですネエ。

雪遊びする下の子  雪遊びするおにいちゃん

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2006年01月21日 (土) 16:09:00

久し振りの雪の日

今日は松戸でも久し振りに雪が降って積もりました。
こんな雪がもっとたくさん何日も振り続いて大量に積もるんですから、雪国の方々のご苦労がしのばれます。首都圏ではこれだけの雪でも大騒動です。

我が家では、土曜日は綾瀬でテコンドー教室があるので、朝から女房が子供達を連れて出かけます。今日はさすがに子供達には重装備させます。ダッフルコートと手袋はこの季節はいつものことですが、雪が降っているので長靴、傘は欠かせません。寒いのでイヤーマッフルもつけさせました。
下の写真は綾瀬に出かける時の子供達です。

雪の中を出かける子供達

普段であれば、私も昼食時に間に合うように、綾瀬駅前のマクドナルドに駆けつけるのですが、今日は私は家からは余り出ることもなく、綾瀬には行きませんでした。家で読書をしたり、パソコンで遊んだりしました。おかげで、70年くらい前に書かれたA.A.フェアのミステリで、300ページ余りの文庫本を1冊読んでしまいました。

2時過ぎに子供達がテコンドー教室のあった綾瀬から戻ります。おにいちゃんは家の中でパソコンゲームを始めますが、おとうとの下の子はダッフルコートから撥水性の高いウィンドブレーカーに着替えて外で雪遊びをします。このあたりは兄弟でも性格や活動の違いが表れていておもしろいです。
下の写真は団地の公園で雪遊びをする下の子です。

雪遊びをする下の子

明日は幕張メッセで開催されている次世代ワールドホビーフェアに行くつもりです。
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2006年01月20日 (金) 21:47:00

カメラ・フィルム業界の再編から日本写真界の巨匠をしのぶ

今日の新聞でコニカミノルタが写真フィルム製造とフォト事業から撤退し、デジカメ事業はソニーに売却すると報道されていました。先日、ニコンがアナログのフィルムカメラから撤退すると表明したばかりですので、大手メーカーで相次いでアナログのカメラや写真に関する事業から撤退することになります。
一昔前は趣味がカメラといえば、それ相応の高級道楽で、私も憧れなくもなかったのですが、やっぱり、高名な写真家の写真を見ると、とてもかなわないと思ってやめました。それでも、キャノンの一眼レフを持っていたりします。今ではデジタルのコンパクトカメラで子供達の写真を撮るのが私の道楽となっています。1998年8月に生まれた下の子の下の子のお宮参りから我が家のデジカメ歴が始まっていることは昨年11月27日に松戸の本土寺を訪れた際のブログにも書いた通りです。

私は写真を見る方も好きで、恵比寿ガーデンプレースにある東京都の写真美術館に行ったり、日本を代表するリアリズム写真家である木村伊兵衛や土門拳の写真集を持っていたりします。このお二人が今日のブログのタイトルです。モチロン、というか、何というか、お二人ともすでに亡くなっています。特に、私は子供達を撮った土門拳の写真が大好きです。
このお二人は激写で有名な篠山紀信のように、一般には、余り知名度は高くないかもしれませんが、絶対非演出のリアリズム写真家としては日本の草分けであり、このお二人の名にちなんだ写真賞があるほどですから、写真愛好家の間ではとても有名です。木村賞は朝日新聞社が、土門賞は毎日新聞社がスポンサーです。土門賞が中堅から新人に与えられる賞であるのに対し、木村賞は年齢やプロ・アマは問いません。文学賞になぞらえて、木村伊兵衛賞が写真界の芥川賞と呼ばれたり、土門拳賞が写真界の直木賞と呼ばれたりしているようです。
なお、昨年2005年の土門賞はAERAの表紙の人物写真で有名な坂田栄一郎が受賞しています。ちなみに、坂田栄一郎は60歳を超えていて、とても中堅・若手とはいえない大家ですが、昨年は土門賞とともに日本写真協会作家賞も受けています。なお、木村賞は毎年3月発売のアサヒカメラ4月号で発表されることになっています。
お二人の作風のように、撮り方も対照的だったようで、高峰秀子も自著にて、「いつも洒落ていて、お茶を飲み話しながらいつの間にか撮り終えている木村伊兵衛と、人を被写体としてしか扱わず、ある撮影の時に京橋から新橋まで3往復もさせ、とことん突き詰めて撮るのだが、それでも何故か憎めない土門拳」と評していたりします。

我が家はお手軽にVGAサイズで60KBくらいの写真が中心で、ホームページにアルバムを公開することを主たる目的として写真を撮っていますが、表現力や美しさではアナログ写真にはかないません。ですから、我が家でも年賀状の写真はアナログ写真を使ったりしています。芸術の分野としての写真が発展するためにも、アナログの写真関連製品も生き残って欲しいと思います。
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2006年01月19日 (木) 22:37:00

全豪オープンテニスが始まる

全豪オープンテニスがメルボルンで始まりました。取りあえずの話題はかつての女王ヒンギスが1回戦を突破したことでしょう。
ヒンギスに敗れたズボナレワは第30シードながら、2年前には世界ランクトップ10の実績もあり、元女王ヒンギスの復活を見極めるのには格好の対戦相手と見られていました。しかし、ヒンギスはわずか60分余りで3ゲームしか与えずにストレートでズボナレワを下し、4年間のブランクを感じさせずに、実力を見せつけた形になりました。エナン・アーデンが「女子テニスの進化」を口にしてヒンギスを挑発したとか、いろいろと報道されていますが、プロスポーツの世界なんて、まさに実力の世界で結果が明確な形で示されるのですから、勝てば誰も何も言えません。ヒンギスの世界ランクは349位らしいですが、29位で全豪オープン第30シードのズボナレワにボロ勝ちしたんですから、それが実力なんでしょう。それにしても、ヒンギスはまだ25歳なんですネエ。ちょっとびっくりでした。
エナン・アーデンが言うように、確かに、ヒンギスのころの女子テニスと比べると、ウィリアムズ姉妹に代表されるように、パワーやスピードは明らかに向上しています。しかし、特に、ヒンギスの弱点と見られていたサービスでも、ズボナレワ戦ではすべてサービスキープしたようですし、1回戦のレベルではパワーやスピードの不足をコントロールやテクニックで補ったといえるのでしょう。クレーではなく、ハードコートでしたから、なおさらです。
テニスファンとして、一時の男子テニスのように、200キロのサービスでポイントが決まってしまいラリーが続かないのも面白くないですが、女子テニスが進化する前のころ、マルチネスやサンチェスなどのスペイン系の女子選手のプレーで展開がトロくて、エースでラリーが終わるのではなく、ミスでしか終わらないのも面白くありませんでした。その意味で、最近のテニス、特に女子テニスはこのバランスが取れていて、とても面白いです。もちろん、シャラポワ効果もあります。

全豪オープンはメルボルンのナショナルテニスセンターで開催されています。私は2年前の2004年4月に仕事でメルボルンに行き、半日ほど予定があいたのでナショナルテニスセンターを訪れたことがあります。
先日、ヒンギスがズボナレワと1回戦を戦ったのはロッド・レーバー・アレーナだったそうですが、大きなセンターコートをしつらえられるアレーナはこのロッド・レーバー・アレーナを含めて3コあります。ロッド・レーバーはいうまでもなく、現代オーストラリアのテニス界を代表するサウスポーの男子プレーヤーです。もうひとつはマーガレット・コート・アレーナで、これまた、オーストラリアを代表する女子選手です。全豪オープンテニスが開催されるナショナルテニスセンターの会場にこの2人の名前が冠されているのは当然です。しかし、しかしですよ、最後のアレーナで私はすべりました。これが、ボーダフォン・アレーナなんです。もちろん、世界を代表する携帯電話のブランドです。日本の野球場なんかでもありますが、命名権を買ったのかもしれません。
私は昨年11月9日付けのブログにも書いたように、携帯電話に対して否定的な偏見を持っているつもりはないのですが、それにしても、オーストラリアを代表する偉大な男女のテニスプレーヤーであるロッド・レーバーとマーガレット・コートに並んで、アレーナにボーダフォンの名称をつけるのは、とても違和感を覚えた記憶があります。
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2006年01月18日 (水) 22:11:00

東京証券取引所の取引停止から今後の株式市場を考える

今日の2時40分に東京証券取引所が取引停止になりました。
広く報道されていることですが、おさらいをすると、午前の引けで売買約定件数が232万件に達し、東証が1時3分の段階で約定件数が400万件に達したら取引停止するとアナウンスしていたところ、要するにキャパいっぱいになってしまったようです。

この背景は、もちろん、ライブドアの事件です。今日も、寄付きから軟調な相場で、日経平均で一時700円安くらいまで下げていたんですが、少し値戻しがあって下げ渋っていたところに、東証自身の取引停止を予告するようなアナウンスが発表され、システムが動いている間に売っちゃえ、とばかりにどっと取引が活発化したようです。象徴的なのがソフトバンク株で、午前の寄付きからストップ安で取引が成立していなかったところ、少し買い気配が入って、そこで東証のアナウンスもあって、どっと売りが入ったようです。
さらに、この背景は2点あって、個人投資家のシェアが高まって、証券取引市場で小口取引が活発になされていることと、ライブドアに象徴されるIT関連株は株価上昇とともに株式分割を繰り返して、個人でも株を持ちやすくしていることです。
昨年10月くらいの段階のざっくりした東証の統計で、現在の株式の保有シェアは、銀行や生保などの金融機関、非金融機関の事業会社、個人、外国人の4者がおおよそ1/4ずつくらいの構成となっています。昨年夏以来の株価上昇局面で、個人投資家のレベルでのネットトレードやデイトレードなどがめずらしくなくなってきていることに象徴されるように、小口の個人投資家がとても増えているのは事実です。ですから、売買高に比較して約定件数はより多くなりがちです。さらに、ライブドアなどのIT関連企業では、株式公開(IPO)からどんどんと株価が上昇し、株価が上昇するとともに株式分割を行って、個人投資家が投資しやすいようにしています。それ自体はいいことなのですが、今回のように約定件数でキャパを縛られる東証のシステムにはダメージだった可能性があります。なお、蛇足ながら、ライブドアにせよ、楽天にせよ、IT企業としてくくるのは私は疑問があります。今日のブログの本筋から外れますので簡単にすませますが、ライブドアや楽天などはIT企業というよりも、投資ファンドに近い企業活動をしているのではないかと私は思っています。

さらに、以下は、私だけのややひねくれた見方かもしれませんが、今後の株式市場の動向については場合によっては調整局面入りもあると考えています。即ち、最近の株式相場は日本経団連の奥田会長がいうように、ややバブルの様相を呈してきており、投資家心理として、何か適当な売り材料を求めていたようなフシもあります。そこにライブドアに地検特捜部のガサ入れがあって、相場が売りに転じたのですが、その一方で、実は、相場はまだまだ底堅くて、今日の日中の取引を見ても、日経平均で1万5千円のラインで下げ渋って反騰しています。つまり、売り材料を探しながらも、下がれば買い圧力はまだまだ強い気がします。さらに、ここに原油高が売り材料となり、円安が買い材料となって、話がとてもややこしくなってきています。このため、ここしばらくは株式相場は乱高下しつつ、調整局面に入る可能性があるといえます。
しかし、調整局面に入る、つまり、昨年夏以来の株式市場の上昇局面が終了するといっても悲観する必要はないと思います。私は、もともと、そんなに清算論者ではないのですが、今回の株式市場の上昇局面がバブル的な様相を呈していたのであれば、調整局面に入ることは、ほとんどすべての株価が上昇していた局面は終了することを意味するわけで、そうすると、今後は、企業業績や財務体質などの面から見て株価が上がるべき銘柄が株価を上げ、そうでない企業は株価が上がらない局面を迎えることになります。いままでかなり多くの銘柄が上昇して、同時に、かなり多くのトレーダーがキャピタルゲインを得てきたのですが、調整局面に入れば、株価が上がるべき企業が株価を上げ、それを見抜く目を持ったトレーダーが収益を上げることになります。株価の面から企業とトレーダーの淘汰が進むことになります。これは、何でも儲かっていた今までと違って、市場の健全化が進むといえます。企業は株価を上げるべく努力せねばなりませんし、シロートのにわかトレーダーも、ここ数ヶ月は何を買っても儲かっていたんですが、これからは銘柄を選別する目を養わなければなりません。それはそれで結構なことだと思います。

なお、別の面から、もっとうがった見方をすれば、株式相場がこのままライブドア事件なしにチンタラと進んでいけば、早ければ3-4月にも予想されている日銀の量的緩和解除が売り材料になって、株式乱高下の始まりや調整局面入りになっていた可能性があったわけです。その意味で日銀は難を逃れて、タナボタを得たといえるかもしれません。

それにしても、世界に冠たる日本経済の証券取引の中心である東証にして、このようにシステムのキャパの問題で取引停止に追い込まれるのは、とてもカッコ悪いと思います。
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2006年01月17日 (火) 21:58:00

小学生の受験シーズン

先日、たまたまなんですが、私の親元官庁の人事担当の参事官をしている同期入省の友人と帰宅途中の駅で顔を合わせました。もっとも、私とその人とでは駅は同じでも地下鉄の線がちがいます。私は松戸に帰るので千代田線に乗り、その人は新宿方面だったと記憶していますが、丸の内線の方に行くところでした。
えらく大そうなマスクをしていたので、風邪でも引いたのかと聞いてみると、お子さんの中学受験が近づいているので用心している、とのことでした。その人は卵アレルギーのためにインフルエンザの予防接種も受けられず、風邪を引きでもしたら受験生から隔離するために、家で休むことも許されず、通常より早く家を追い出され役所に出てきて、とりわけ悲惨な目にあいそうなので、風邪を引いたりしないように特に強く用心しているのだそうです。
私と同期ですから、当然ながら、年格好は同じですし、我が家の子供が小学3年生と1年生であれば、同じような小学生くらいの年頃の子供がいます。ただし、私の場合は適齢期(?)に在チリ大使館勤務をしていましたので、少し同期入省の友人たちよりは結婚が遅いです。その分、子供も小さいです。

私は京都の出身で、私のころには京都というか、関西では中学校の入学試験は、昔の国立大学1期校と同じ3月くらいだったと記憶していて、東京では2月1日に中学校の入学試験が集中していることは、つい最近まで知りませんでした。関西では2月1日は私大の入試が始まるころです。

この同期入省の友人は都立高校の出身だったと記憶していますが、実は、私は中学高校6年間一貫制で男子単学の進学校の出身です。大学受験が売り物の進学校ですから受験の時にはそれなりにラクですが、困るのは男だけのムサい学校であることのほかに、同じメンバーで6年間同じところに通い続けるので、中学時代の出来事なのか高校のころの話なのかが、この年になると判然としなくなってきたことです。逆に、6年間同性の友人とともにいっしょの学校に通いますので付き合いは深くなります。
同級生でなくても、中学・高校から大学まで常に私の2年先を行っていて、今も母校の京都大学経済学部の教授をしている先輩もいます。年賀状のやり取りだけでなく、ジャカルタに来てくれたり、京都や東京で食事をいっしょにしたり、彼が本を出版した時に私が書評を書いたりと、それなりに付き合いは深いです。よくよく考えればローティーンのころから、中年のオッサンになるまで、人生の2/3に達する30年を超えるお付き合いです。これも、良くも悪くも、中学受験をした結果です。

希望者の全入時代が来るまで少子化が進むのはもっと先の話でしょうから、すべての受験生が合格するわけではありません。ですから、全員合格して下さいと言うのは無責任だと思います。勝ち負けにこだわったり、結果を求めがちな、まだ幼い小学生には難しいことかもしれませんが、せめて、後悔しないようにがんばって下さい。
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2006年01月16日 (月) 23:38:00

チリの大統領選挙の決選投票

チリの大統領選挙の決選投票の結果が出ました。与党コンセルタシオンのバチェレ女史がピニェラ候補を抑えて当選だそうです。これで、ピノチェット軍事政権から1990年に民政移管してから4代続けて反ピノチェット派の現与党コンセルタシオンからの大統領となります。
1973年にアジェンデ社会主義政権をグーデタで倒して大統領となったピノチェット将軍が1990年にチリ大統領を退く際に、チリではキリスト教民主党(PDC)、社会党(PS)、民主主義のための政党(PPD)が中心となって与党連合コンセルタシオンを結成し、チリ大学のエイルウィン教授(当時)を大統領の統一候補を立てました。なお、コンセルタシオンとは統一とか、調和とかの意味です。民政移管後最初の大統領選挙でキリスト教民主党のエイルウィン元大統領が当選し、私が在チリ大使館に赴任した時はエイルウィン政権のころでした。1993年にも大統領選挙があり、ここでは同じキリスト教民主党のフレイ前大統領が当選しています。その後、社会党から民主主義のための政党に移ったラゴス現大統領に続いて、社会党のバチェレ女史はコンセルタシオン4代目の大統領となります。大統領就任は3月だったと思います。
チリは言うまでもなくラテンの国で、ラテンはマッチョの国です。つまり、男尊女卑です。本国のスペインよりも中年米の方がマッチョの度合いが強いと言われます。チリやアルゼンティンはそうでもないのですが、スペイン人と現地インディオとの混血が進んだ国では、要するに、大昔は、父親がスペイン人、母親がインディオとの組合せが一般的だったわけですから、中南米では人種差別も加わって、底流はとても男尊女卑です。その裏返しに中世的な騎士精神の発露だと思うのですが、男性は女性に対してとても慇懃に振舞わねばなりません。エレベーターの乗り降りなどでもレディファーストは絶対です。
そのようなマッチョのラテンの国で女性が大統領になったのですから、私は大いに驚いています。決選投票前の段階でバチェレ女史は圧倒的に有利と言われながら過半数を制することができずに、結局、ピノチェット派の大番頭格のピニェラ候補との決選投票にもつれ込んだ時点では、コンセルタシオンの勝利を危ぶむ声もあったと聞きます。私の大使館時代のローカルスタッフはそのようなことをクリスマスカードに書いて送ってきたりしました。
コンセルタシオンのバチェレ女史が危ないといわれて、決選投票にもつれ込んだのは、テレビ討論会でさえなかったからだといいます。私もピニェラ候補は会ったことがありますが、とても美男子で話し方も物腰もソフトで好感の持てる人物です。ハッキリいって、見た目だけで判断するとピニェラ候補の方がカッコいいです。バチェレ女史は前の国防大臣だそうで、大使館の経済アタッシェだった私とは接点がなく、私はバチェレ女史に会ったことはないのですが、インターネットや新聞で見る限り、普通のおばちゃんに見えました。もっとも、私がいた時のインドネシアの大統領だったメガワティ前大統領も普通のおばちゃんでした。さらにいえば、バチェレ女史の以前のコンセルタシオンからの大統領3人、つまり、エイルウィン元大統領、フレイ前大統領、ラゴス現大統領はこの順番で美男子である度合いがだんだんと落ちてきているように思います。中南米では見た目がいいことはとても重要なんです。しかし、逆にいえば、そのようなマッチョの国で、大して見てくれもよくないバチェレ女史が大統領に当選したのは、それだけ実力があるというか、与党コンセルタシオンが高い支持を得ている証拠だと思います。
1994年3月の当時のフレイ大統領の就任式は私もテレビで見ていました。最高裁長官に向かって宣誓し、大統領就任を告げられて大歓声に応える姿は感動的でした。大使館のオフィスのテレビにも人だかりができ、感激して涙ぐむ女性のローカルスタッフもいました。

バチェレ女史の下でチリがどのような発展を遂げるのか、私も興味を持って見ていきたいと思います。
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2006年01月15日 (日) 17:31:00

午後からは子供のお守り

正午過ぎにおにいちゃんが女房とともに外出しましたので、午後から、私はおとうとの下の子のお守りです。
小学館の「小学1年生」に連載されているキーボッツのマンガを一通り読まされて、基礎知識を与えられてから、下の子のキーボッツに関する説明をたっぷりと聞かされます。私は子供が好きですので、このような子供とのコミュニケーションは大歓迎です。とても楽しい一時でした。私はいいのですが、しかし、下の子の方は飽きてきます。時折、パソコンに向かって紙飛行機のゲームをしたりします。
キーボッツとパソコンゲームを時折繰り返しながら、下の子はおにいちゃんの帰りを待ちます。キーボッツでおにいちゃんが喜びそうな作品を作ったので、それを見せるためです。キーボッツはロックブレイクできなくなったため、パソコンゲームをやったり、オヤツを食べて過ごします。
夕方におにいちゃんが戻り、下の子の方も大喜びです。早速、キーボッツの作品を見せます。2人でいろいろとおしゃべりして、とても楽しそうでした。親としても兄弟仲よく遊んでいるのを見るのはうれしいものです。
下の写真は、外出から戻ったおにいちゃんにキーボッツの作品を見せる下の子です。

帰ってきたおにいちゃん
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2006年01月15日 (日) 11:43:00

午前中は少し勉強

昨日の土砂降りがうそのように今日はよく晴れて暖かです。
今日の午後はおにいちゃんが教育ママの女房に連れられて外出するので、午前中のうちに子供達の勉強を済ませます。ただし、その前からおとうとの下の子は昨日買ったばかりのキーボッツで遊び始めます。さすがに、おにいちゃんは昨日の段階で飽きてしまい、いっしょには遊びません。勉強した後も、おにいちゃんはパソコンゲームをして、下の子はいろいろとキーボッツを解体したり、組み立てたりして、親を呼びつけてはいろんな作品を解説してくれます。我が家は親バカですから、私も女房も作品を褒め称えますので、ますます調子に乗って下の子は作り続けます。
下の写真は勉強の前にキーボッツで遊び始めた下の子の作品です。ロックコア4つを縦につなげています。はっきりいって不安定です。

キーボッツの作品

なお、キーボッツの箱をよく見てみると、対象年齢は3歳以上になっていました。先日のブログの情報をお詫びして訂正します。また、同じく、箱に小学館の「幼稚園」と「小学1年生」と「小学2年生」などにキーボッツのマンガの連載があると書かれていました。ですから、それくらいがターゲットとされている年齢で、小学1年生の下の子にはまだしも、小学3年生のおにいちゃんにはやや物足りないのでしょう。
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2006年01月14日 (土) 17:58:00

テコンドーの昇級の後、船橋ららぽーとでキーボッツのお買い物

今日はお天気は荒れ模様でしたが、綾瀬と船橋に出かけました。
パターンとしては、おにいちゃんのお誕生日プレゼントを買いに行った12月3日と同じですが、今日の買い物はおとうとの下の子のキーボッツです。
午前中は綾瀬のテコンドー教室でお稽古です。先月の昇級試験の結果が最後に発表され、おにいちゃんが8級に、おとうとの下の子が9級に昇級し、新しい帯をいただきました。おにいちゃんの8級の帯は黄色で、下の子の9級の帯は白ですが黄色い刺繍がラインで入っています。
下の写真は、いただいた新しい帯を締め、級位認定証を持つ子供達です。下の子の帯が見づらいですが、クリックすると別ウィンドウでオリジナルサイズの写真が見られます。そこでは黄色い刺繍がハッキリ確認できます。

テコンドー昇級

マクドナルドで昼食の後、船橋のららぽーとに行きます。トイザらスを目指します。下の子のキーボッツのお買い物です。いくつか買いましたが、キーボッツの心臓部であるロックコアで数えて4体ありました。もちろん、家に帰るとせっせと合体させたり、解体したりして遊びます。ついでに、おにいちゃんも遊ばせてもらっていました。しかし、さすがに、遊び続ける下の子と違って、おにいちゃんはすぐに飽きてしまったようです。
下の写真は、家に戻ってキーボッツの包みを開けて遊び始めたころの下の子と便乗するおにいちゃんです。

キーボッツ
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2006年01月13日 (金) 23:06:00

ロマンティックとロマンス

「ロマンティック」で連想するものは何ですか?
私の場合はワグナーです。

10月26日のブログで、エコノミストは「ダイナミック」という言葉を「動学的」という意味で使うと書きましたが、エコノミストであるかどうかに関係なく、私が不思議に思っているのは「ロマンティック」という言葉です。ローマに由来しているのは確かなのですが、ローマンとロマンティックは違うのでしょうか。

いきなり話が脱線しますが、特に、私はフォントではローマン的なフォントが好きです。ご賛同いただける方も多いと思います。ローマンフォントは逆から考えればよく理解できて、要するに、ゴシックフォントの反対です。縦線が横線より太くて、払いや跳ねがやや極端に表現されているフォントです。日本語フォントでは明朝体がローマンフォントで、ゴシックフォントはそのままの名前で出てきます。英語のフォントではTimes New RomanなんかがWindowsに標準でインストールされているローマンフォントだと思います。名前の通りです。

元の話題に戻りますが、ロマンチックをgooの国語辞典で引くと、「現実離れしていて空想的で甘美なさま。小説にありそうなさま。ローマン的。」と出てきます。要するに、ロマンティックとローマンは同じ意味なのです。
ロマンティックもローマンも、語源はロマンスです。ロマンスとは甘い恋物語と日本では解釈されていますが、本来は、ロマンス語のことで、要するに通俗的で話し言葉のラテン語のことです。このロマンス語で書かれた小説などが、空想的・伝奇的な中世騎士物語であったり、恋物語であったりしたのでしょう。でも、私の印象としては、日本的な受止め方である恋物語よりもドン・キホーテのような騎士物語を思い浮かべます。
南ドイツを走るロマンティック街道も、ローマ帝国が造ったローマへの道路です。地図を見れば分かりますが、まっすぐ南方のローマを目指して走っています。第2次世界大戦後、連合国の将兵が家族とこの地方で盛んにバカンスを過ごしていたので、観光地として開発されたんだと聞いたことがあります。これが本当なら、日本語的なロマンティックの要素が加わったのはせいぜい最近60年ほどです。

ロマン主義ともいいます。ルネサンス的な古典主義の対抗概念と考えていいでしょう。ロマン派とも称されます。ヨーロッパで18世紀末から19世紀にかけて盛んだった精神運動です。現実よりも夢や神秘を、理性よりも感情を重視する考え方です。芸術の面で大きな影響を及ぼしました。
実は、これが冒頭のワグナーです。最近、新宿の喫茶店に入るとBGMにワグナーが始まって、近くに座っていた外国人が割と小声で「ロマンティック」とつぶやいたので、ついつい、ブログに書いてみたくなりました。
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2006年01月12日 (木) 22:23:00

お年玉でキーボッツを買う

今週号のYomiuri Weeklyに今年の子供のお年玉の調査結果が出ていました。小学生の半数以上が1000円超から5000円以下でした。もちろん、我が家の子供達も平均並みにもらっています、というか、渡しています。
小学校も始まり、そろそろ、我が家の子供達もお年玉の使い道を考え始めています。しかし、おにいちゃんはにわかに教育ママになった女房のために、しっかりと勉強をさせられてやや余裕がない一方で、おとうとの下の子はおもちゃに関する情報収集に励んでいます。
下の子の達した結論がキーボッツでした。バンダイから発売されているロボットおもちゃで、胸にロックコアと呼ばれる鍵穴があって、キーを差し込んで分解したり、組み立てたりできて、ブロックのようにいろんな組合せで遊べるそうです。ロックコアには属性があって、それぞれのキーの形が違うらしいです。今週末にでも買いに行く予定で、まだ実物を見ていませんので何ともいえませんが、めんどくさいようでもあり、同時に面白そうな気もします。対象年齢6歳以上ですから小学生低学年をターゲットにしているようです。昨年は組立て式ラジコンカーのエアロRCが流行し、我が家でもホンダのオデッセイを買って組み立てたりしましたが、今年はキーボッツがはやるかもしれません。

私が感心したのは、これを下の子が小学館の「小学1年生」で見つけて、インターネットを見たりして、自分で情報収集していることです。もちろん、お友達からもいろいろと聞いているのでしょうが、私の子供時代と違ってさまざまな情報収集手段があるとはいえ、我が子ながら頼もしく思います。
さらに、私が重要だと思ったのは、世間一般というか、社会で広く評価された価値に対してちゃんと反応していることです。私は流行に敏感なのは鈍感なのよりずっといいことだと思っています。流行を追いかけるのもひとつの能力です。
小学1年生の狭い世界ではありましょうが、ヘンに自分の世界を作ったりせずに、また、家族内での親や年長の兄弟からの示唆や情報もなしに、小学生雑誌やインターネットを調べて、あるいは、お友達とのコミュニケーションを通じて、しっかりと社会とつながっていることはとても重要です。独自の世界に没頭する広い意味での「おたく」や自分探しを続けるフリーターやニート、ひどい状態になってしまえば、引きこもりなどと違って、ちゃんと社会につながる理解力、他者の情報を受け入れたり、コミュニケートする能力を下の子が持っていることをとても誇りに思います。
このまま順調に育てるのが親としての私と女房の大きな責任です。肝に銘じておきたいと思います。

それにしても、おにいちゃんはどうするんだろう?
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2006年01月11日 (水) 22:42:00

塾講師にならないために塾に通う

私は外務省の在チリ大使館に外交官として出向していたことがあり、何人か外務省の方とも面識があります。その中の外務省OBで、10年以上も前にある国で大使をしておられた方と今日ランチをごいっしょしました。名刺をもらわなかったので、今は何をしていらっしゃるのか知りませんが、70歳を超えたご老人です。ご隠居さんかもしれません。外務省の慣例にしたがって、私は肩書き敬称としてお名前に「大使」を付けてお話させていただきました。今日のこのブログでは「ご隠居大使閣下」と呼ばせていただきます。
ご隠居大使閣下は南米情勢にも詳しい方でしたので、最初の方は、今週末にあるチリの大統領選挙の決選投票の結果予想などについて機嫌よくお話していたのですが、今日の朝日新聞朝刊トップにあった教育の記事を持ち出されて、進学講座のために小学校に塾講師が派遣されるのにご注文があるようでした。
ご隠居大使閣下のお嬢さんの方のお孫さんが我が家の子供と同じか少し上くらいの年齢で、中学進学のために塾通いをしていて、そこの塾講師のお孫さんに対する評価が気にいらないような様子でした。そこから派生したのか、進学のために塾に通うことを一般論として疑問視していられるようでした。
特に、ご隠居大使閣下からすると、塾講師は決していい職業とは考えられないらしいです。私に何度か力説されたのですが、もし私に年頃の女の子がいるとして、小学校の教師と結婚する場合と塾講師と結婚する場合、どちらの方が親としてより望ましいか、とおっしゃられ、やっぱり、親としては塾講師よりも小学校の教師と結婚してくれる方が子供の将来を考えるといいのではないか、とのお説でした。こう言われれば、賛成しないまでも、まあ、少なくとも理解は出来ます。
私が12月22日のブログでも取り上げた三浦展「下流社会」(光文社新書)はお読みではないようでしたが、これになぞらえた私の勝手な解釈によると、ご隠居大使閣下は塾講師は下流で、小学校教師は中流ないし上流と考えておられるような印象を受けました。賛成する人も割といるかもしれません。
ご隠居大使閣下からすれば、いい学校に進学して塾講師にならないために塾に通って塾講師から教えてもらわねばならないのは、とても大きな矛盾に見えるらしいのです。私も「もっともです」と相槌を打ちました。こんな教育にしたのは文部省が悪い、とのお説でした。ここでは「今では文部科学省ですよ」と茶々を入れる気にもなれませんでしたが、前半のご意見には賛成する人が結構いるかもしれません。後半の「文部省が悪い」については、もっと賛成する人が多そうな気がします。
ご隠居大使閣下ご本人は、年齢から考えて50年くらい前に大学を卒業されているハズで、確か、日比谷高校-東京大学-外務省のコースを歩まれた方だと記憶していますが、はっきりと覚えているわけではありません。私が役所に入ったころの20年くらい前には、まだまだこのコースの方はたくさんいらっしゃいました。つまり、ナンバー高と呼ばれる名門の都立高校から東京大学に進んで、キャリアの国家公務員になった人は少なくありませんでしたから、そのように、区立中学、都立高校、国立大学を進んで、役人になっ方からすれば、進学のために塾などの学校外の教育は必要なく、予備校は大学入試に落ちた人の行くところ、との考えをされるのも無理はないと思います。

それにしても、塾講師にならないために塾に通って塾講師から教えてもらわねばならないというのは、表現としてもインパクトがありますし、確かに日本の教育の抱える大きな矛盾を言い当てているのかもしれません。
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2006年01月10日 (火) 22:03:00

今年もやっぱり子供と経済がメインテーマ

先週の3が日明けの1月4日に出勤してから、私はもう一度冬休みに入っていましたが、今日は出勤しました。子供達も今日から小学校の3学期が始まりました。
1月4日は新年の挨拶回りも出勤目的のひとつでしたが、今日は本格的な仕事始めと言えます。元旦ではなく、仕事始めの日で1年が始まる気がするのは、サラリーマンの悲しい習性です。
オフィスは相変わらず寒いですが、通常勤務に戻って、メールも来れば会議もあります。一般論として、官庁エコノミストは景気の悪い時には忙しいものの、景気のいい時には暇なものです。数年前にデフレが始まり、金融のシステミックリスクが顕在化しかけたころには、台風が接近している暴風雨の週末に出勤させられて経済対策を取りまとめたりしましたが、もっと前のバブルのころには経済対策の必要もなく、着実に上昇していく経済指標をながめているだけで仕事になる結構な時代もありました。
昨年夏以来の株価の上昇に代表されるように、今年も景気は順調と見られますが、まだまだ、日本経済の足腰は弱い状態のままで、円安にも助けられて米国・中国への輸出に依存しているようです。現在の景気拡大局面が、このまま、いざなぎ景気を超える長さとなる可能性は十分にありますが、今後は、輸出主導から脱して内需中心の回復軌道に戻ることでしょう。しかし、デフレ脱出の出口はそこまで来ているようです。昨今の格差拡大もデフレによる部分が大きいと私は考えていますので、今年でデフレを脱却できれば、格差拡大にも歯止めがかかると期待できます。
景気とは別に、栃木県今市市のお子さんの事件も犯人逮捕に至っていないようですし、小さい子供を持つ親として小学生の安全は気がかりですが、エコノミストとしては景気の順調な拡大を願っています。
子供と経済、この2つが今年も私のテーマです。さらに出来ることであれば、阪神タイガースも活躍してほしいものです。
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2006年01月09日 (月) 19:31:00

地下鉄博物館で遊ぶ

今日は、地下鉄東西線の葛西駅の高架下にある地下鉄博物館に行って遊びました。松戸からは遠かったです。
葛西駅のホームに着くと大きなカンバンが目に入り、駅の改札を出て環七を向こうに渡るとすぐに入り口があります。入場券は地下鉄の駅にある自動券売機と同じで、入り口も地下鉄と同じ自動改札になっています。
我が家が行った中では、JRの交通博物館や東武博物館などと同じように、このテの博物館では定番となっている鉄道シミュレータがあり、おにいちゃんも下の子も大いに遊びます。定年退職したのであろう地下鉄職員のOBさんがたくさん働いているようです。地下鉄に関するクイズに答えたり、総合指令所のデモで緊急時の対応を考えたりして遊びます。
もちろん、メトロパノラマも定番ですからじっくりと拝見しました。昼休みを除いて1時間おきにやってくれるようです。ここのパノラマが面白いのは、トンネルを通って中に入れる作りになっていて、小さな子供なら2-3人入って、中ほどから360度の広角でぐるっとパノラマが一望できることです。今日は冬休みの最終日でとても混みあっていましたので、順番で親が子供達を送り込んでいました。それでも、マナーの悪い親や子供はどこにでもいるものです。
我が家の子供達がとても熱を上げたのは、地下鉄についての歴史のコーナーに設置してあったコイン式の昔の自動改札です。ニューヨークの地下鉄にあったトークンを入れてぐるっとバーを回す改札と同じようなものなのですが、これに人数のカウンターがついていたので、我が家の子供達は私から10円玉を借りて、何度も何度もこの改札を通ってカウンターの数字を上げるのに情熱を傾けました。蛇足ながら、さすがにコインは戻ってきます。
下の写真は、左側のがコイン式の昔の自動改札で遊ぶ子供達で、右側のがメトロパノラマの中に入るおとうとの下の子です。なお、我が家の画像のホームページにも何枚か写真をアップロードしてあります。

地下鉄博物館のコイン式自動改札  地下鉄博物館のメトロパノラマに入る下の子

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2006年01月08日 (日) 19:20:00

散髪の後はマンガ喫茶で遊ぶ

昼食の後、一休みしてから散髪に行きました。もうすぐ新学期も始まりますので、この時期の散髪は我が家では必須です。いつもの近所の散髪屋さんに行きます。アチラも慣れたもので、いつものように短く仕上げてくれます。
散髪の後、松戸駅前に出て、マンガ喫茶に入ります。もちろん、マンガだけでなく、プレステなどのゲーム機やインターネットに接続しているパソコンなどもあります。ついでに、我が家は使ったことはないですが、マッサージ機も何台か置いてあります。
今日は、我が家の子供達はプレステを借りてドラクエで遊びました。我が家のパソコンにはドラクエもどき、ファイナルファンタジーもどき、などのオフラインで出来るゲームをインストールしてありますので、それなりに親しみはあります。
下の写真は散髪してスッキリした後頭部で、兄弟で並んでドラクエをプレーするおにいちゃん(右)と下の子(左)です。

散髪の後はドラクエ

私は今年になってから無料で提供されているオンライン・アルバムを発見したので、画像ブログを諦めて、このアルバムにせっせとファイルをアップロードしています。先は長そうですが、そのうちに完成するでしょう。完成したら、我が家の画像中心のホームページに取って代わるモノになるかもしれません。
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2006年01月08日 (日) 12:06:00

おにいちゃんは勉強

今日は、大した外出もせずに、午前中は子供達に勉強させました。
しかし、当然ながら、おにいちゃんの勉強時間に比べておとうとの下の子はすぐに終わります。我が家では勉強は女房が見ますので、おにいちゃんの勉強が続いている間は、私が下の子のお守りをします。おにいちゃんの勉強の障りにならないように配慮しています。
遅れてきた年賀状の返事を書いてポストに出しに行ったり、いつもとおなじポケモン・カードゲームで遊んだりします。
午後からは散髪の予定です。
下の写真は、ポケモン・カードゲームで私に勝ってご機嫌の下の子です。

ポケモンゲーム下の子
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2006年01月07日 (土) 17:32:00

綾瀬でテコンドーの後、団地の中で遊ぶ

今日は土曜日ですので、テコンドー教室があり、女房が子供達を綾瀬に連れて行きました。私もパソコンのウィルスチェックをした後、昼食に間に合うように綾瀬に向かいます。
先月の昇級試験の結果が気になったのですが、師範の先生のところに今朝早く結果が届いて、開いていると教室に間に合わなくなりそうだったとかで、よく分かりませんでした。何となく、我が家の2人の子供達は昇級したようなのですが、昇級したとすれば、賞状と新しい帯は次回にもらえるそうです。

昼食はいつもの通りマクドナルドです。ハッピーセットのオマケは昨年末からポケモンになっており、今日はカメックスをもらいます。

テコンドーで疲れたので、午後からは団地の中でお友達と遊びます。いつものお友達が兄弟でお誘いに家に来てくれたので、我が家の子供達も兄弟そろって自転車で出かけます。しかし、あんまり面白くなかったとかで、おとうとの下の子は先に帰ってきてしまいました。
下の写真はお友達と遊び続けるおにいちゃんです。

外で遊ぶおにいちゃん
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2006年01月06日 (金) 19:53:00

母親が教育ママになるのはどうしてか

今日は仕事を休みました。女房が外出するので私が子守りをせねばならないためです。女房が外出するのに、どうして私が子守りをして協力するかというと、上のおにいちゃんの教育のために近くの塾の説明会に行くからです。

昔から教育ママという呼び方がありましたが、どちらかというと、父親より母親の方が教育熱心である雰囲気があります。この理由には、いろんな説明があり、外で働く父親より母親の方が時間があるとか、夫婦関係が長くなると夫に対する愛情が低下するに従って母親として子供に愛情を注ぐとか、いわれています。しかし、エコノミストはやっぱり経済的な要因を重視します。
もちろん、子供に対する愛情が強いことはいうまでもありませんが、子供の所得に頼る部分が父親よりも母親の方が圧倒的に大きいと考えられるので、母親は子供の所得を増加させる大きな要因である教育に力を注ぐのではないでしょうか。
サラリーマンの男性と専業主婦の女性で、子供2人の標準世帯と呼ばれているモデルがあります。決して、標準ではないとの意見もあるでしょうが、一応、我が家もそうです。その場合、平均的に、夫婦には3-5歳くらいの年齢差があり、さらに、女性の平均寿命は男性より5歳ほど長いですから、通常、男性の方が早く亡くなります。離婚や再婚をしないとすれば、女性には10年近い未亡人時代があると考えられます。しかも、父親=男性は自ら所得を稼ぎ出すのに対して、標準世帯における女性=母親は専業主婦ですから、所得の多くの部分は夫か子供の所得あるいは年金に頼ることになります。
従って、母親の方が子供の所得に頼る部分の大きく、子供の所得を決定する大きな要因である教育にも関心が高い、と考えられるのではないでしょうか。

もちろん、だからといって、私は子供達の教育を等閑視しているわけではありません。ひょっとしたら、女房が教育ママである度合いよりも、私が教育パパである度合いの方が、我が家では強いかもしれません。しかし、子供達の教育のためには、やっぱり、引越しが必要かも知れません。
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2006年01月05日 (木) 21:36:00

やっぱりバカ殿はおもしろい

今夜は7時から9時前までフジテレビで志村けんのバカ殿がありました。本来は、今日は木曜日ですから7時からはポケモンの日なのですが、子供達の強い希望でポケモンを諦めて、バカ殿にしました。
やっぱりとてもパワフルで、親子で笑い転げてしまいました。PTAのお堅い人たちから見ると「低俗番組」であることは間違いないのでしょうが、3ヶ月に1度だけですのでごカンベン下さい。我が家ではいつも楽しみにしています。
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2006年01月05日 (木) 17:55:00

やっぱりフリーターは人生ゲームで不利

今日も、おとうとの下の子が言い出して、家族そろって人生ゲームをしました。
でも、やっぱり、下の子は人気タレントからフリーターに転落し、さらに、家を火事で失って3番目に終わりました。ビリは最初からフリーターの私でした。トップは先日に続いておにいちゃんでした。
フリーターに転落すること、家を火事で失うことが人生でとても大きなダメージになることを教訓として学んで欲しいと思います。
左の写真は人気タレントからフリーターに転落してダウンした下の子で、右の写真はトップになって大喜びのおにいちゃんです。

フリーターに転落した下の子  トップになったおにいちゃん

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2006年01月04日 (水) 20:18:00

オフィスが寒い

今日は役所に出勤しました。
午前中に挨拶回りをするのが主たる目的だったような気がします。出向中の身はツラいです。折りを見ての本省へのご挨拶は欠かせません。今日の新年ご挨拶の際には、まだ、忘れ去られてはいないようなので安心しました。
職場にはまだ休暇を取っている部長を除いて、ほぼ全員が出勤していました。しかし、オフィスがとてつもなく寒かったです。年末年始休みで人気がなかった上に、12月1日のブログでもご紹介しましたが、我がオフィスは北向きのほぼ中央にあり、日当たりが全くなくて、冬はとても寒いのです。公務員住宅が見事なくらいに南向きに建てられているのと対照的です。特に、休み明けの朝一番は暖房の効きも悪く、やたらと寒いです。
新聞などでも報道されていましたが、この年末年始は記録的な寒さと雪だったようで、私も出勤して初めてそれを実感させられました。ホントにボロいオフィスです。もう少しすれば建て替えるようですが、完成の時まで私がこのオフィスにいるかどうかは不明です。
私は年休消化のために、明日と明後日は休みます。
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2006年01月03日 (火) 20:52:00

おびただしきスパムメール

お正月でヒマだからメールを読む人が多いと考えてのことなのでしょうが、年末年始でおびただしい数のスパムメールが来ました。セールストークがものすごくエスカレートして、とても信じられないようなうたい文句になっているのが分からないんでしょうか?
私が昨年11月17日のブログで指摘したように、インターネット・リソースは希少性に欠ける上に、スパムメールやスパムトラックバックなんかを送信するコストはもともと安価でしょうし、さらに、三浦展「下流社会」に描写されているように、下流のオタクにでも請け負ってもらえればもっと安価に済む可能性すらあります。

もう少し、せめて私が読んでみようという気になるスパムメールは来ないものでしょうか?
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2006年01月03日 (火) 17:53:00

正月3が日が終わる

今日で正月3が日が終わりました。私は明日は仕事です。
長く休んでいると、今日のお正月は普通の休日と変わらなくなってきました。おせちやお雑煮はとっくになくなり、子供達もパソコンゲームやポケモン・カードゲームに回帰しています。元旦か、昨日か、忘れましたが、近所で羽根突きをしている親子を見かけましたが、我が家も含めて、通常の少し長めのお休みと変わりありません。
お休み疲れのおとうさんでした。
下の写真は、ポケモン・カードゲームで私に勝って満足気なおにいちゃんです。

ポケモンおにいちゃん
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2006年01月02日 (月) 21:26:00

お正月写真の整理を終える

善良なる日本国民と全世界市民の圧倒的大多数にはどうでもいいことですが、我が家の昨日今日のお正月写真の整理を終え、画像中心の別のホームページにアップロードを終えました。ついでに、蔵衛門のアルバムの整理も終えました。
メインサイトのアップロードは夕方に終えていたのですが、バックアップ代わりにいくつか運営しているミラーサイトがあって、細かなHTMLの参照先のディレクトリの文法ミスのため、少し時間をとってしまいました。1980年代末にHTMLを始めたころはテキストエディタを使っていましたし、今でも細かい部分はテキストエディタで自分でタグを打ったりするのですが、3年前にMicrosoftのFrontPageを導入し、このような高級なHTMLエディタに慣れてしまったため、HTMLタグの知識は急速に失われつつあります。

なお、もっとどうでもいいことですが、我が家の画像中心のホームページのトップページへのリンクはおすすめリンクにあります。手っ取り早くはこちらからどうぞ。また、今年のお正月写真のページにダイレクトに行くにはこちらからどうぞ。
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2006年01月02日 (月) 17:56:00

松戸駅前のガンダムミュージアムに行く

今日は松戸駅前にあるバンダイのガンダムミュージアムに行きました。私はガンダムミュージアムの何かの会員になっており、年の暮れに葉書が来て正月3が日は無料とあったので、キャラクターワールドに行って見ました。
最初に、入り口でオモチャのつかみ取りがあり、お金を入れてレバーを押すとカプセルに入ったガシャポンと我が家で呼んでいるおもちゃが、手でつかめるだけもらえます。このおもちゃを我が家の子供達は5個ずつつかみ取りしました。入場料が無料の上に、おもちゃまでもらえるのですから、お正月とバンダイに大いに感謝しました。
キャラクターワールドの中は、ウルトラマンに始まって、仮面ライダー、その他のヒーロー・ヒロインもの、最後にゴジラまでありました。ガンダムミュージアムの呼び物であるガンダムについてはキャラクターワールドではなく、別のミュージアムやガンダムカフェがありますが、我が家の子供達にはウルトラマンやゴジラの方が親しみがあるので、ガンダムの方には行きませんでした。もう少し大きくなれば、ガンダムにも興味を持つようになるかもしれませんが、今のところはウルトラマンとゴジラです。
下の写真は、仮面ライダーの悪者軍団の声が聞けるコーナーでボタンを押しまくる我が家の子供達とそれを監視する女房です。

ガンダムミュージアム
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2006年01月01日 (日) 17:47:00

お正月のゲームといえば

我が家ではポケモン・カードゲームを盛んにしますし、ジムも結成するつもりですが、やっぱり、お正月のゲームといえば人生ゲームです。今日の夕方には、おとうとの下の子が言い出して、家族そろって人生ゲームを楽しみました。
おにいちゃんが最後にトップになりましたが、興奮し過ぎたのか、最後に手持ちのお金を計算することが出来なくなってしまい、それはそれで情けなかったです。こういう計算が出来るようになるために学校に行かせているのですから、小学3年生にもなれば、お札がたくさんあってもちゃんと計算してくれなければ困ります。
下の子は途中の第2空港でスカラベのお土産に手に入れて大喜びだったのですが、人生ゲームをしようと言い出した割には、最後はさえない結果に終わりました。定職につけずにフリーターで終始したのが響きました。フリーターは損だと理解し、これから先の長い人生の重要な教訓になってくれれば幸いです。
下の写真は第2空港でスカラベを手に入れて大喜びの下の子です。

人生ゲーム
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2006年01月01日 (日) 13:45:00

松戸神社に初詣

今日は元旦です。
我が家は家族そろって着物姿で近くの松戸神社に初詣に行きました。
少し並ばされてからお参りをし、おみくじを引いて、破魔矢を買って帰ってきました。
私のおみくじは大吉でした。2003年9月にジャカルタから帰国して松戸に移り住んで以来、3回目のお正月で初めての大吉でした。一昨年、昨年と2年続けて松戸神社では大凶を引きましたが、3度目の正直で初めて吉が出ました。2年続きの大凶はめずらしいと思いますが、さすがに、3年連続では出ませんでした。女房とおにいちゃんが中吉で、おとうとの下の子は吉でした。
なお、お正月に着物を着るのは女房の趣味で、私は亡くなった父親の着物でお付き合いしています。ですから、必ずしも着物が体に合わず、特に、袖が短くて着こなすのに苦労しています。一応、帯も結べますし、一通りの着物の着付けは自分で出来ますが、着物が体に合わないのはどうしようもありません。

もちろん、せっかく一家そろって着物を着たんですから、バシャバシャと写真を撮りまくりました。近いうちに、画像ホームページの方にまとまった写真をアップロードする予定ですが、取りあえず、下の写真は、左側のがおみくじを引いた後の子供達で、右側のが一家4人で撮った記念写真です。

松戸神社でおみくじ  松戸神社で記念撮影

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2006年01月01日 (日) 00:06:00

2006年 元旦

あけましておめでとうございます。
それだけです。もう寝ます。おやすみなさい。
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