2014年11月09日 (日) 11:37:00

先週の読書は『リターン・トゥ・ケインズ』ほか

先週の読書は、東大出版会から出た経済学の学術書『リターン・トゥ・ケインズ』や村上春樹『セロニアス・モンクのいた風景』のほか、以下の通りです。

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まず、B.W.ベイトマン/平井俊顕/M.C.マルクッツォ(編)『リターン・トゥ・ケインズ』(東京大学出版会) です。9か国16人の経済学者が、理論と政策のみならず、もちろん、国内問題だけでなく国際問題も視野に入れて、著作における形成過程や再発見までをも含めた視点からケインズ及びケインズ経済学の今日性を問う学術書です。学術書ですから、部数が出ない分価格が高めに設定してあり、5,600円プラス税となっています。私は薄給の公務員ですので新宿区立図書館で借りました。貸出し表の裏には区長選挙の投票の広報があったりしました。それはともかく、編者であり監訳者である平井先生は我が国で創設されたばかりのケインズ学会の会長ですので、文句なく、この道の専門家であるといえます。先月10月25日の読書感想文のブログでも取り上げた通り、最近、私も何冊かケインズに関する学術書・専門書を読んだんですが、その総集編といえるかもしれません。同じ指摘ですが、18世紀にスミスの『国富論』で成立した古典派経済学に対して、19世紀ないし20世紀に修正を試みた大きな動きは、いうまでもなく、マルクスとケインズです。私の理解によれば、いずれも資本制生産における過剰生産恐慌という不況を和らげることを目標とし、マルクスは生産手段の国有化と計画経済を導入して市場による資源分配を停止して景気循環を抑止する提案をしたのに対し、ケインズは市場による資源分配という効率性を維持したままで、価格と賃金の硬直性、特に下方への硬直性により市場の調整能力が不十分な短期において財政政策と金融政策による景気循環の平準化を目指しているのが大きな特徴です。マルクス経済学に基づく社会主義経済が20世紀末に破綻しましたが、すでに1970年代初頭の石油危機時にケインズ経済学も不況下のインフレというスタグフレーションで疑問視されながら、結局、今世紀初頭のリーマン・ショックで見直されたりしています。経済危機に応じて新しい経済学が生まれた経験がいくつかある一方で、リーマン・ショック後のグレート・リセッションでは新しい経済学は生まれずに、多くのエコノミストや経済政策当局者はケインズ経済学に回帰しました。その観点からも本書はケインズ経済学を今一度理解するために大いに有効です。時期的に、原書が出版されたのが2010年であるため、2009-10年に取りまとめられた論文が多く収録されているのと最初に書いた高価格が難点ですが、エコノミストや経済政策当局者は何らかの機会に目を通しておくべき学術書と私は考えています。最後に、吉川教授の序文や論文にある通り、ルーカスから始まり、リアル・ビジネス・サイクルなどでピークを迎えた「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」はまったくの謬見であるとの見方は私もまったく同感で、さらに吉川教授の主張するケインズ経済学のミクロ的基礎となる確率的マクロ均衡 Stochastic Macro-Equilibrium に関する詳しい最近の論文を以紹介すると下の通りです。ご参考まで。


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次に、森田果『実証分析入門』(日本評論社) です。著者は東北大学法学部の法学者です。私の大学時代には考えられもしなかったんですが、計量法学なる分野があるらしく、かなり計量経済学と近い手法により分析をしているようです。ただ、時系列データの分析には経済学の方が一歩先んじているような印象を受けました。本書は『法学セミナー』に連載されていたシリーズを単行本化したものであり、基本的には、入門書ながら学術書であると受け止めています。月刊誌の連載が基になっていますので章立てが細かく、何と27章に及んでいますが、それなりに読みやすくは工夫されているような気がします。章立ては出版社のサイトに譲るとして、OLSから始まって、最尤法や因果関係の推定、パネル分析、構造推計やベイズ統計まで、時系列データを除いて、かなり包括的な入門書となっています。なお、因果関係の推定について、経済学では時系列分析に基づくグレンジャー因果なんて方法もあったりするんですが、そこまではスコープに入っていません。経済学をホームグラウンドとする私の印象では、単なる学術的な入門書というよりも、論文を書いたりする研究者に向けた実用的な専門書を目指している印象があります。単なる統計的な有意性の検定だけではなく、実際のパラメータの大きさから経済的、というか、現実的な影響度の大きさを重視したり、推定結果についての「相場観」を大切にし、そのための文献のサーベイを勧めるなど、それなりの工夫が見られます。ただし、プログラムのコーディングに関してはデータとサンプルを「法律家のための実証分析入門」なるサイトに置いているにとどまり、そこには「この連載・本は、あくまで副読本として位置づけられるべきものであり、教科書ではありません。このため、ソースコード自体の解説はしませんので、詳しく知りたい方・実際に使ってみたい方は、それぞれの統計ソフトウエアのマニュアルや解説を参照してください。」との断り書きがあるだけで、もちろん、本書にもデータやプログラムの解説などがなく、やや不親切な気がしないでもありません。経済学の論文では筆者のホームページなどにデータとプログラムをアップして再現性を明らかにするエコノミストもいるんですが、まあ、実際のプログラムのコーディングは大学院教育のひとつの肝であって、私のように学部しか出ておらずOJTで身につけたエコノミストは少ないでしょうし、大学教員の企業秘密的な部分はあるのかもしれませんから一定の理解はします。

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次に、伊東光晴『アベノミクス批判』(岩波書店) です。一橋大学、というか、当時の東京商科大学のご出身ながら、教員としては我が母校の京都大学経済学部を代表する大先生です。もっとも、京都大学の教授ご着任は1985年であり、私はすれ違いで卒業した後でしたから、講義を受講した記憶はありません。いわゆる高商系の近代経済学の研究者ながら、マルクス経済学を無視したり、無闇と批判したり、ましてや敵視したりすることなく、あたかも市民活動のような視点からの経済評論は、ある程度のマルクス主義との親和性も見せていたように受け止められているんではないでしょうか。ということで、出版元の岩波書店のブランド・イメージもそうなんですが、やや保守派経済学の印象のあるアベノミクス批判を展開した本です。副題が『四本の矢を折る』となっていて、一般的な理解であるアベノミクスの3本の矢に加えて、隠された4本目の矢として「戦後レジームからの脱却」を想定し、これを大いに批判しています。私も大いに賛成ですし、第2と第3の矢についても、第2の矢である財政政策は予算計上されないとか、第3の矢の成長戦略に対する疑義も私は共有しますし、3本の矢以外の原発政策や労働政策についてもほぼ共感するところばかりなんですが、どうしても第1の矢である金融緩和に対する伊東先生の反論は受け入れられません。同時に、人口減少下の経済をハロッド的なナイフエッジ均衡で解釈しようとする姿勢にも疑問を持ちます。金融政策の有効性について、1930年代のオックスフォード調査で金利と投資の関係に疑問を呈するのはまだしも、円安と株高が現在の黒田総裁による異次元緩和の前から生じていたことを指して「安倍・黒田氏は何もしていない」と断言した上に、為替介入が円安の原因と指摘したりするに及んでは、私も言葉を失いそうになりました。現在の異次元緩和については財源調達のためのマネタイゼーションとしてレッテルを貼ってお仕舞い、という議論の仕方は京都大学時代には伊東先生は決して許さなかったんではないかと私は考えています。少し前までのデフレの悲惨な状況からマネタイゼーションこそが必要とまじめに考えるエコノミストも私は知っていますし、異次元緩和に対してマネタイゼーションのレッテルを貼って議論を終える態度はエコノミストとしてはいかがなものかと私は考えます。特に、私の目から見て疑問の多い第2章と第4章は口述筆記に頼られたそうですが、著者たる伊東先生とエディタの間で何らかの意思疎通の不都合があったとは考えたくありません。

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次に、村上春樹『セロニアス・モンクのいた風景』(新潮社) です。今さらながらですが、知らない人のために、セロニアス・モンクとはモダン・ジャズの黎明期であるビバップとかハード・バップのころから活躍したジャズ・ピアニストであり、何曲か有名なジャズのスタンダード曲の作曲者でもあります。ほぼ同じ時期の1950年前後に活躍したピアニストには、かの有名なバド・パウエルがいます。モンクの方がやや年長かと思います。演奏も言動や行動もとても独特で、村上春樹は distinctive という表現を使っています。かのマイルス・デイビスがモンクに対して自分のバックではピアノを弾かないように求めたというのは伝説になっていますし、モンクはソロで聞けという格言もジャズ・ファンの間では有名です。なお、上の表紙の画像を見ても明らかな通り、和田誠・安西水丸のコンビによる装画・装幀です。ただ、本文中にはいくつかアルバムのジャケットの写真は見えますが、挿し絵のたぐいはありません。内容はこの本のためにエッセイが書かれたわけではなく、モンク自身やジョン・コルトレーンなどのジャズ・ミュージシャンの伝記、あるいは、ジャズ・ミュージシャンのパトロネスとして有名なパノニカ・ド・ケーニヒスウォーター男爵夫人の伝記、あるいは、ジャズ雑誌などからモンクに関する記述を編集しています。この本のために書かれたパートは村上春樹自身が書いた部分だけではないかと思います。ですから、有名なモンクの逮捕シーンでパノニカ・ド・ケーニヒスウォーター男爵夫人がピアニストであるモンクの手を傷つけないように警官に頼むシーン(p.82とp.198)とか、人口に膾炙したエピソードも盛りだくさんです。また、エッセイの著者によっては、セロニアス・モンクについて単なる変人・奇人ではなく、統合失調症ではないかと示唆しているものもあります(p.248)。なお、パノニカ・ド・ケーニヒスウォーター男爵夫人とジャズ・ミュージシャンの関係は、いわば、ガートルード・スタインとロスト・ジェネレーション作家との関係と同じで、公民権運動前の公然と差別されていた黒人ジャズ・ミュージシャン、特にセロニアス・モンクやチャーリ・パーカーのパトロネスです。英国ロスチャイルド家出身でフランスの貴族に嫁しています。というように、読み進むにはジャズやジャズ・ミュージシャンに関する基礎知識が必要とされそうです。それから、いつも私が主張するように、ジャズはリラックスする目的で聞く場合もありますが、私のように緊張感を求める場合もあります。モンクの音楽の緊張感については「テンションを支配する」と表現されていました。これから私もこのブログなどで使わせてもらおうと考えています。

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最後に、柳広司『ナイト & シャドウ』(講談社) です。先週の読書の中ではフィクションの小説と呼べる新刊はこれ1冊だったような気もします。私はこの作者の作品は結城少佐のD機関シリーズ、すなわち、『ジョーカー・ゲーム』や『ダブル・ジョーカー』、『パラダイス・ロスト』などの戦間期のスパイ小説の短編集を評価しているんですが、この作品『ナイト & シャドウ』は今世紀初頭の米国首都ワシントンDCを舞台に、警護官を主人公として展開します。フィクションですし明示されませんが、2001年に就任したブッシュ大統領を警護するシークレット・サービスとテロリストを軸に物語が進みます。やや恣意的な設定ながら、警視庁から米国のシークレット・サービスに首藤というSPが研修で来ていて主人公を張っています。映画でいうところの主演女優は、これも日本人のフォトグラファーです。研修でシークレット・サービスに来ている日本人の警視庁SPがスーパーマンで大活躍し、ラストのテロの舞台裏の推理で大きなどんでん返しがあります。単なる自慢ですが、私は25年ほど前の我が国のバブル期に米国の中央銀行である連邦準備制度理事会にリサーチ・アシスタントとして、この小説の主人公のように2か月だけの短期の研修に来ていたことがあり、それなりにワシントンDCの土地勘もあれば、米国人や米国政府要人の思考や行動のパターンなども分からないわけではないので、かなり楽しめました。テロを含めて、何らかのイベントにおける善悪の裏側に潜む陰謀論的な動機を嗅ぎつけようとする人向けかもしれません。ただ、フィクションの小説とはいえ2点だけ不自然な点があります。すなわち、第1に米国の同盟国の中でもそれなりに重要な日独の首脳が同時に訪米している点、第2に警視庁SPの首藤が日本の首相が訪米するにもかかわらず、何らワシントンDCの現地大使館と連絡を取り合っていない点です。前者は無視してもいいんですが、後者は在ワシントンDCの日本大使館に駐在する頭の堅い外交官を風刺的に登場させる手もあったんではないかという気もしないでもありません。さいごにどうでもいいことながら、上の表紙の画像を見れば明らかなように、タイトルの「ナイト」は日本語の「夜」ではなく、"k" が語頭につく「騎士」の方であり、「秘密結社などの団員・会員」とか、「主義や信念の熱心な擁護者」といった意味もあります。何らご参考まで。

冬が近づいて読書の秋を終える季節になったからなのか、なぜなのか、図書館から一気に予約してあった本が回ってきたりして、少しオーバーフロー気味です。せっせと読書に励みたいと思います。
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