2015年02月21日 (土) 13:33:00

今週の読書は『企業の経済学』ほか

今週の新刊書読書は、東大社会科学研究所と大阪大学経済学部が中心となって取りまとめた経済学の論文集である『企業の経済学』のほか、芥川賞作家である中村文則の話題の書『教団X』、さらに、この時期1-2月にまとめて読んでいるエラリー・クイーンの国名シリーズの新訳など、以下の通りです。

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まず、中林真幸・石黒真吾[編]『企業の経済学』(有斐閣) です。これは完全な学術書です。その名の通り、企業に関する経済学を取り上げています。ですから、読者層はそう広くは考慮していないんではないかと私は想像しています。パラパラと店頭ででも立読みして、ムリだと思えば挑戦しないほうが無難かもしれません。しかも、何人かの研究者がチャプターごとに研究成果を取りまとめていますのでさらに難易度が高いような気がします。というのも、先週紹介した寺西先生の『経済行動と宗教』とか、ピケティ教授の『21世紀の資本』なども典型となっている通り、単独もしくはせいぜい2-3人の共著者の場合は、それなりに論述で幅広く議論を展開する場合も少なくないんですが、本書のように何人かの研究者がチャプターごとに論文を立てている場合、学術誌の特集号のような様相を呈して、中には、とても私クラスのエコノミストでは理解できない論文にぶち当たったりします。ということで、前置きが長くなりましたが、4章ずつの3部12章から成る本書のうち、ゲーム論でもっぱら数式を展開している章や実証なしに数学的に表現したモデルの分析に終始している論文の中は私には手が出ないものもあったりします。第1章、第2章や第9章、第10章、第11章の一部などがこれに相当します。でも、第3章の会社法制に関して、企業を法制度として代表するのが株主であるとする合理性の考察などは参考になりました。企業=会社を代表する可能性があるのは株主以外に、取締役や従業員の過半数代表、あるいは、労働組合も考えられるんですが、株主利益は会社の利益とおおむね一致するという積極的理由以外にも、株主以外の会社関係者の利害は一致しないという消極的な理由もあって、なるほどと思わせるものがありました。また、第4章で炭鉱会社が輸送向けの鉄道会社を内部化するか外部化するかについての考察も興味深く、さらに、第6章の紡績会社の合併後に総支配人自らがコスト削減方策を工場長に伝達するなど、いわば「上からのコスト削減」が海外技術の導入初期に見られた一方で、これは本書の範囲外ですが、戦後には現場労働者のQCサークルのような「下からのコスト削減」が一般化する経験も合わせて考えると企業の製造現場の奥深さが感じられます。もちろん、私はゲーム論は苦手なんですが、数学的に表現されたモデルの分析についてはそれなりの理解力があるつもりで、第9章で研究開発と競争の関係とか、第11章で貿易と労働者の熟練の関係とか、とても説得的な議論が展開されています。なお、どうでもいいことながら、私自身も延々とグラフと数式を展開して数学的に開発経済学のモデル分析をしたペーパー、"A Note on a Theoretical Model for Economic Development: Mathematical Representation of Lewis Model" というのを書いたことがあり、しかも、しかもなんですが、中国の研究者の論文に引用されたことがあったりします。一応、自慢話ながらご参考まで。

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次に、中村文則『教団X』(集英社) です。私はこの作者の作品は、芥川賞を授賞された「土の中の子供」から始まって、最近の『掏摸 <スリ>』、『王国』、『去年の冬、きみと別れ』、直近作の『A』まで、主として河出書房新社から発行された単行本を中心に何冊か読んでいるんですが、本書『教団X』は、この作者の作品の中でも長編としてかなり長くて、少なくとも書籍としての厚さではトップクラスではないかと思います。楢橋という男性を主人公のように据え、松尾という老人が率いる善男善女の教団と沢渡が教祖となっている悪の教団Xを対比させつつ、しかも、両方の集団に入り組んだ人間関係があり、さらにさらにで、教団Xは武器を調達してテロを企図し公安警察が追っている、という極めて大がかりな小説に仕上げています。宗教団体がテーマですから、個人の独白として長々と世界観、というか、歴史観について語る部分があり、太古の昔から歴史は決まっていたような、すなわち、アカシック・レコードが存在するような歴史観が語られます。実は、私もこの歴史観にかなり賛同するところがあり、歴史は一定の確率的な微分方程式に従って進んでおり、初期値は当然ながらすでに「歴史的に」与えられている、と考えています。ただし、本書でも繰返し指摘される通り、量子力学的というか、「シュレディンガーの猫」と同じで確率的な微分法的式ですから、すべての未来が確定しているわけではありません。ただ、本書では、「我々は、完全に定められた人生というショウをを見せられている観客である。」(p.141) と見なしているようです。そして、このあたりで止めておけばよかったような気がするんですが、本書では、やや私の専門分野にもかかわる途上国の経済発展や開発に関して、第2部の初めの方の第10章 p.341 あたりから途上国における鉱物資源を基にした「オランダ病」の話とか、ODA政府開発援助に絡むスキャンダルなどが個人の独白として語られた上で、テレビ局を占拠した教団Xの信徒が右翼的なテレビのコメンテータと論争して、極めてリベラルな戦争論を展開したりと、未来が決まっているにしては、とても陰謀論的な歴史の展開を示唆したりします。やり過ぎのきらいがあると私は考えます。『掏摸 <スリ>』や『王国』などで展開されたばかりながら、この作者の魅力あるノワール感覚がかなり壊れた気がします。中には、天下国家に関する小説の好きな読者もいそうな気もしますが、これまでの作品で展開された「大きな物語」ではないノワール感覚がこの作者の持ち味だと思っていた私はガッカリです。この作品はあまり評価しません。

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次に、福永文夫『日本占領史 1945-1952』(中公新書) です。著者は政治学者・歴史学者であり、獨協大学教授です。また、副題は「東京・ワシントン・沖縄」の3つの地名を並べており、東京とワシントンの日米両国の首都はさておき、沖縄の視点が入った占領史はめずらしい、というか、私は初めて読んだような気がします。ですから、現在は沖縄の地銀になっている琉球銀行が発券銀行だったとか、本土における政府を介した占領軍の間接統治に対して沖縄では直接的な軍政が敷かれていたとか、不勉強な私はよく知りもしませんでした。ただ、沖縄の視点以外はとりわけ目新しい観点もなく、占領軍のGHQ内部の必ずしも一枚岩ではない占領政策とか、日本現地の占領軍とワシントンの国務省との対立とか、とてもよく知られた内容が中心です。占領軍の意図として、日本を軍事的に無力化し、再軍備や戦争遂行を放棄する憲法草案を示しておきながら、東西対立の冷戦下でいわゆる「逆コース」をたどって、日本を「共産主義の防波堤」とする政策に転換したといったあたりは通説と何ら変わりありません。しかし、与党ひとり勝ち政権下で憲法改正を目指す動きがある現時点で、憲法をはじめとする戦後の原点を振り返っておくことは、それなりの重要性を持っているんではないかと思います。もっとも、本書がベストかどうかは議論があり得ます。特に、新書というボリュームの制約もあるんでしょうが、我が国の占領史を我が国だけで捉えようとする傾向もあり、世界的な東西対立の冷戦の構図は p.255 からの第5章の冒頭で軽く触れられるにとどまります。加えて、労働組合のナショナルセンターだった総評が左傾化した原因について「総評内部にどのような転換があったかは定かでなない」(p.311) とするにとどまっていて抜けも少なくありません。やや物足りないと思う人もいそうな気がします。

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最後に、エラリー・クイーン『アメリカ銃の秘密』、『シャム双子の秘密』、『チャイナ蜜柑の秘密』(角川文庫) です。昨年は2014年1月12日付けのエントリーで、このクイーンの国名シリーズの『ローマ帽子の秘密』、『フランス白粉の秘密』、『オランダ靴の秘密』、『ギリシャ棺の秘密』、『エジプト十字架の秘密』の5冊を一気にレビューしていたりします。が、今日の読書感想文のブログは上の3冊『アメリカ銃の秘密』、『シャム双子の秘密』、『チャイナ蜜柑の秘密』です。最後の『チャイナ蜜柑の秘密』は先月2015年1月に発行されたばかりの新刊です。近くの区立図書館に未所蔵書としてリクエストしておいたものです。あとは、クイーンの国名シリーズでは『スペイン岬』と『ニッポン樫鳥』を残すばかりとなりました。今年中には出るんではないかと期待しています。それにしても、旧訳が参考にできるとはいえ、ものすごい翻訳のスピードであると感心していたりします。語学力の差としか言いようがありませんが、私ではまったく不可能なスピードです。

今週末は図書館の予約本の順番がかなりたくさん回って来ました。来週の読書感想文のブログは経済書や専門書がいっぱい並ぶかもしれません。
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