2016年01月30日 (土) 09:18:00

今週の読書は圧巻だったアトキンソン教授の『21世紀の不平等』ほか計5冊!

今週の読書はフィクションの小説はなく、経済書を中心に専門書・教養書を合わせて以下の5冊です。5冊も読めばハズレはありますが、アトキンソン教授の『21世紀の不平等』が圧巻でしたし、ビッグデータをひも解いた『ソーシャル物理学』もとても示唆に富む本でした。

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まず、何といっても、アンソニー B. アトキンソン『21世紀の不平等』(東洋経済) です。著者は英国の経済学者で、貧困や不平等に関する第一人者のエコノミストです。タイトルは一昨年のピケティ教授の『21世紀の資本』になぞらえて邦訳してありますが、ピケティ教授は『21世紀の資本』一発で有名になったのに対して、アトキンソン教授はもともとが不平等などの分野の代表的な研究者です。格差指標のアトキンソン指標というのもあります。私が地方大学に出向していた際に取りまとめた紀要論文 "A Survey on Poverty Indicators: Features and Axiom" でも解説していたりします。リーマン・ショック以降の大景気後退でマクロの成長率などの注目が集まりましたが、本来は、マイクロな不平等の是正も成長に寄与する可能性が大いにあるわけで、国民の厚生向上に必要な政策が求められているのはいうまでもありません。本書は賃金や労働分配率などの市場で決まると考えられている経済指標や技術進歩の性質についても問い直し、戦後一時期の不平等の是正が図られた理由や、逆に、現在の不平等拡大について分析を加えるだけでなく、効率と平等のトレードオフを否定し、あるべき経済政策の必要性を明らかにしています。すなわち、累進課税の強化やベーシック・インカムなどのやや聞き慣れた議論もありますが、私なんぞが考えも及ばないような成人時点ですべての若者に資本給付=最低限相続を与えるとか、ソヴリン・ウェルス・ファンドの活用など、とても斬新な政策提案も含まれています。それらは不平等を減らす提案として15のポイントがp.275 以下に展開されています。ピケティ教授が寄せている序文にあるように、やや英国の制度に偏重した提案かもしれませんが、日本をはじめとする先進各国には応用可能な政策提案も少なくなさそうな気がします。なお、本書を敷衍してニッセイ基礎研の櫨さんが日本の格差に関する論考を東洋経済オンラインで明らかにしています。リンクは以下の通りです。ご参考まで。


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次に、カル・ラウスティアラ/クリストファー・スプリグマン『パクリ経済』(みすず書房) です。著者は2人とも知財法を専門とする法学者であり、米国の大学教授です。一般に、知的財産を保護するシステムはイノベーションの利益を独占的に獲得する機会を与え、その後のそれに続くイノベーションへの強力なインセンティブとなって、イノベーションの源泉となる、という通常の理解に挑戦し、ファッション産業、ガストロノミーの外食産業、コメディアンのギャグ、さらにアメフトなどのスポーツの戦略からフォントの知財権、金融テクノロジー、最後に音楽まで、知的財産権が十分に保護されていないにもかかわらず、十分に創造性豊かな活動がなされている多くの事例をケーススタディで明らかにして、知財権保護とイノベーションの関係を解き明かそうと試みています。そして、本書に取り上げられたセクターでは、創造性はしばしばコピーと共存できていて、それどころか、条件次第ではコピーが創造性の役に立つことさえあることが示されます。少し考えれば理解できることですが、創造性を媒介にして、知財権の保護と模倣はトレードオフの関係にあり、保護が強力であれば模倣のコストが高くなり、逆は逆です。模倣が活発な方が生産性が高いのであれば、知財権保護のレベルを引き下げることがアジェンダに上ります。これは昨年大筋合意したTPP協定に関する交渉でも議論されたところです。もっとも、本書でも明らかにされている通り、フォーマルな法制度で知財権保護がなされているだけでなく、コピーした場合には何らかの社会的な規範により不利益をこうむる場合もあり得ますし、コトはそう簡単ではありません。結論めいたものは、本書のp.255-6に渡って「イノベーションとイミテーションに関する六つの教訓」で明らかにされています。コピーされることによるトレンドの醸成や流行の発生が利益になる場合があることや法的保護だけでなく社会的規範が果たす役割などのほか、モノではなくソフトなパフォーマンスによるコピー可能性の低減、あるいは、コピーされるまでの先行者優位性によるイノベーションの収益性などが議論に上げられています。ケーススタディの中にコピーがイノベーションを阻害した例がないのがやや疑問ですが、私はスティグリッツ教授の観点も含めて、現在の米国における知財権保護は行き過ぎている面があるような気がしてなりませんので、本書を読むことによって、それなりに参考になる意見を垣間見たような気がします。

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次に、湯本雅士『日本の財政はどうなっているのか』(岩波書店) です。著者は日銀OBで、以前に同じ出版社から財政に関して『日本の財政 何が問題か』という著書があるらしく、その改訂版的な位置づけですが、本書の中に「詳細は前著を参照」という趣旨の脚注がかなりあって、両者の関係はよく理解できません。本書が素材に取り上げているのは、公共財の供給などの資源配分、所得の再分配、マクロ経済の安定の3点を主眼とする財政政策なんですが、本書が指摘する通り、何分、役人が予算を作成し、かつ、執行していますので、一般に理解しやすいような仕組みになっているわけもなく、複雑怪奇なシステムをそれなりにていねいに解き明かそうと試みています。しかしながら、読者層の想定が私には理解できないものの、ややレベルが低きに流れたきらいがあり、高校の社会科の副読本に毛が生えた程度の仕上がりとなっています。財政政策や予算の仕組みなどにまったく不案内な向きにはいいのかもしれませんが、日本経済を対象に仕事をしているエコノミストにはやや物足りないと受け止める人もいるかもしれません。社会保障における負担と給付の関係や財政赤字の帰結の問題など、もう少し掘り下げた分析と政策提案が求められるような気がしてなりませんが、あくまでも淡々とシステムと現状の解説に終始しています。本書を出版した著者と出版社の目的、あるいは、繰返しになるものの、読者層の想定やマーケティング方針が、私には判りかねています。

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次に、玉田俊平太『日本のイノベーションのジレンマ』(翔泳社) です。私は不勉強にして著者がどういう方なのかは存じませんが、given name は「しゅんぺーた」と読ませるんでしょうね。ハーバード大学ビジネス・スクールのクリステンセン教授のお弟子さんなのかもしれません。私のような経営学には専門外のエコノミストでも、さすがに、ポーター教授の『競争の戦略』とクリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』くらいは知っています。本書はクリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』に「日本の」という形容詞を付している通り、『イノベーションのジレンマ』から演繹された日本企業のイノベーションを論じています。すなわち、通常の科学書は、例えば、ニュートンのように、リンゴが落ちるという数多くの事象の観察から法則性を帰納的に導き出すんですが、本書はクリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』で展開されているいくつかの確立された法則を日本企業の現実に当てはめているわけです。特に、「破壊的イノベーション」に焦点を当てています。そして、ここからが私のような頭の回転の鈍いエコノミストには理解の及ばないところなんですが、その破壊的なイノベーションを起こすため、破壊的なアイデアを生み出すためのブレーン・ストーミングのやり方とか、破壊的イノベーターを買収するための破壊的M&Aのハードルのクリアの仕方とか、などなどのマニュアル的な知識を羅列しています。日本の製造業やおもてなしサービスなどの過剰スペックについてはダウンサイドに向かうイノベーションの対象になりうる点などは私も大いに同意するところですが、私が疑問に感じる大きなポイントは、本書において詳説されているような、何というか、いかにもコンサルが推奨するようなマニュアル的な方法で、いわばお手軽に破壊的イノベーションが起こせるのかどうかです。実践例や成功例を知りたい気がするのは私だけでしょうか。いずれにせよ、本書で強調するような破壊的イノベーションについては、私の理解を超えているのかもしれませんが、日本企業が「失われた20年」で国際競争力を大きく減じたのは、もちろん、イノベーションの問題も否定出来ないものの、為替が大きく円高に振れた日銀金融政策のとんでもない大失敗も一因ではないかと考えています。

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最後に、アレックス・ペントラン『ソーシャル物理学』(草思社) です。経済書ではないんでしょうが、ビッグデータを用いたとても新しい試みです。著者はマサチューセッツ工科大学教授でビッグデータ研究の第一人者です。そして、一昨年2014年10月11日付けの読書感想文で取り上げた『データの見えざる手』の作者である矢野和男さんが解説文を寄せています。本書では、大上段に振りかぶって、社会の進化をビッグデータにより解き明かそうとしていますが、進化というほどでもないとすれば、影響の伝わり方、という方が適当かもしれません。明示的でないので、気づいていない読者もいるかもしれませんが、情報が家族や親しい友人といった数人のグループ内をどう伝わるかから始まって、都市のレベルでの伝わり方を解明し、最後には社会全体への影響の広がりを「データ駆動型社会」と名づけています。本書でエンゲージメントと探求、たぶん、explore の訳語、などの活動をキーワードとして、新しくて望ましいアイデアがどこから生まれ、そのアイデアがどのように広まり、集団の中でどのように行動に移され、すなわち、エンゲージメントと探究活動が実行され、社会的学習、すなわち、協調的で生産性が高くて創造的な社会構造を実現できるようになるのか、を解明しようとしています。集団知を重視し、プライバシーの保護とともに、自発的に情報を開示するような仕組みが可能かどうか、はたまた、経済学的にチャレンジすると、市場の価格メカニズムでなくアイデアの流れで資源配分を行うことが効率的か、あるいは、好ましいか、などなど、とても知的な挑戦が数多く本書に詰まっています。経済書としては、2013年3月25日付けで取り上げたカーネマン教授の『ファスト&スロー』が近い印象のような気がします。人間性の本性のようなものをビッグデータから解明し、それを集団や社会の中でどのようにポジティブに活用するべきなのか、とても示唆に富む本です。ただし、2点だけ気づいた点を上げると、第1に、経済学と同じで人間をかなり機械的かつカギカッコ付きで「平等」に扱っています。「カリスマ仲介者」とか「カリスマ的リーダー」という言葉は見えますが、インフルエンサーのような人物の影響力をどう評価すべきなのか、私には理解が及びませんでした。例えば、女優さんがドレスや化粧品などのファッション・リーダーになるとか、又吉のような芥川賞受賞者が読書界で影響力を発揮するとか、です。こういった個人は実在しますし、それなりに影響力を発揮しているように見えます。第2に、「よいアイデア」はいいんですが、「悪い企み」の広まりや実行可能性などはどう考えるべきか、という点です。宮部みゆきの小説ではありませんが、模倣犯的な犯罪や、犯罪まで行かなくても、イタズラの連鎖は現実社会であり得ます。望ましくなく社会的にネガティブなアイデアの広がりや実行をどのように防止するのかについても、同じように解明がなされる値打ちがあるような気がします。最後に、付録の4の数学については、読んでおくことを強くオススメします。この数学が雰囲気なりとも理解できれば、本書の深みが大きく違ってきます。たとえ理解できなくとも無理やりにでも読んでおくべきです。
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