2016年11月12日 (土) 15:11:00

今週の読書は経済書や教養書など計10冊!

今週の読者も、経済書や教養書などを中心に、小説や新書も含めて計10冊、以下の通りです。

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まず、渡辺努[編著]『慢性デフレ 真因の解明』(日本経済新聞出版社) です。編者は日銀OBの東大教授で物価動向などに詳しい研究者です。上の表紙画像に見られる通り、チャプターごとに著者が論文を持ち寄った書籍なんですが、日銀職員がかなり含まれています。そういう本だということを理解した上で夜も進むと、あるいは、いろんな面が見えて来るかもしれません。ということで、本書は3部構成となっており、第1部で慢性デフレの特徴とそのメカニズムを、第2部で企業の価格設定行動を、そして、第3部で家計の購買価格と賃金を分析しています。しかしながら、第1部ではデフレの長期化について、マイナスの自然利子率と自己実現的デフレの2つの仮説を置きながら、結局、デフレの原因は解明されずに終わり、トレンド的なインフレ率の低下とGDPギャップという毒にも薬にもならない結論の周囲をウロウロするに終わっているような気がします。期待インフレ率の低下は日銀による期待のアンカリングの失敗であろうと私は考えていて、本書でもその可能性は示唆されていますが、それが決定的な要因とはみなされていません。なお、1990年代のバブル崩壊後の「失われた20年」はいうに及ばず、現時点でも日銀は2%インフレ期待のアンカリングには失敗し続けているのは明らかで、先週の金融政策決定会合で2%目標の先送りを決めましたが、まさにそういうことです。ただ、私もリフレ派の経済学を正しいと考えているものの、ここまで金融政策当局が期待インフレ率のアンカリングに失敗し続けるということは、決して白川総裁とそれ以前の日銀の金融政策の失政だけではなく、何か、日本経済に根本的なインフレ期待に関する別のアンカーがあるのかもしれない、と考えないでもありません。第1部の結論がこんな感じですから、後のチャプターでも目を見張るような分析はなく、賃金はデフレの原因ではないとか、どうも判然としない結論が並んでいるような気がします。ただし、ひとつだけ感じるのは、物価統計はあくまでマイクロな個別の価格を総合して一般物価たる物価指数を作成するわけで、私も統計局に勤務していたころには、それなりに消費者物価指数にも慣れ親しんでいたつもりですが、経済学的にマクロの一般物価を本書に収録された諸論文のようにマイクロな積み上げで分析するのは限界があるような気がします。GDPギャップがいくつかの論文で現れますが、マクロの一般物価に対して何らかのマクロの指標を対応させて、相対価格の変化ではない一般物価水準の分析が求められているような気がしてなりません。パス・スルーが復活してきているとの分析が第5章にありますが、これあたりが何かのヒントになりそうな予感がします。

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次に、カウシック・バスー『見えざる手をこえて』(NTT出版) です。著者はセン教授の指導で博士号の学位を取得し、コーネル大学で開発経済学や厚生経済学を専門とする経済学者であるとともに、世銀の上級副総裁兼チーフエコノミストとして開発経済学を実践しているインド出身のエコノミストです。英語の原題は本書は Beyond the Invisible Hand であり、邦訳のタイトルはそのままです。2011年の出版で、前著『政治経済学序説』の続編である旨、はじめにで著者自身が明らかにしていますが、私のような不勉強で前著を読んでいない無精者に配慮して、本書だけで独立して読めるように工夫されています。ということで、アダム・スミスの『国富論』に由来する見えざる手に導かれ、利己的な個人主義に基礎をおく現代経済学、特に市場原理主義やリバタリアンに近い経済学について、グローバル化で拡大する格差・不平等の一因として、バスー教授は強く批判しています。本書では、第7章までが長い長い前置きというか、本論を始める前のファウンデーションのようなもので、第8章から第10章がバスー教授の本来の説が展開されているように私は読んだんですが、その第8章冒頭には、明確に、規範的な公理として貧困や不平等は悪いと考えている旨が記されています。エコノミストとしては数段の格落ちながら、私と基本的に同じ考えであることを心強く感じます。もちろん、グローバル化によって激化させられた貧困や拡大した不平等などについては、経済学を中心にしつつも法律や政治システムも包含したより幅広い社会科学の理論的枠組みを構築する必要があり、その方面への目配りも忘れられていません。ただ、最後の第10章の結論は、突き詰めた処方箋としては、フローの所得やストックの資産に何らかの上限を設けて、それを超える部分にはいわば100%の限界税率をかけて政府から貧困層へ再分配する、というかなりシンプルな提言だけであり、アトキンソン教授の『21世紀の不平等』などと比べるのは不合理かもしれませんが、もう少し何とかならなかったものかという気もします。著者は本書の冒頭で明確にマルクス主義的な「革命」を否定し、市場経済の漸進的な改革を訴えますが、マルクス主義的な「革命」はともかく、社会民主主義的な方向性についても、もう少し論じて欲しかった気がします。

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次に、ナサニエル・ポッパー『デジタル・ゴールド』(日本経済新聞出版社) です。著者は、ニューヨーク・タイムズをホームグラウンドとするジャーナリストで、本書の英語の原題は DIGITAL GOLD ですから、邦訳タイトルはそのまま直訳というカンジです。原初の出版は2015年で、その年のFT&マッキンゼーによる「ビジネス・ブック・オブ・ザ・イヤー」年間ビジネス書大賞の最終候補作に残っています。取り上げているのはビットコインであり、その揺籃期から記憶にまだ新しい2014年初頭のマウント・ゴックスの破綻くらいまで、ビットコインの歴史を人物名を大いに盛り込んで解説しています。例の原著論文を書いたとされるサトシ・ナカモトこそ特定されず、インタビューなどは当然になされていませんが、世界中のビットコイン関係者に直接取材したようであり、ビットコインの実相について掘り下げたルポルタージュとなっています。未だにそうなのかもしれませんが、マネー・ロンダリング、ドラッグや児童ポルノなどのご禁制品取引、サトシ・ダイスなるサイトもある賭博サイト、などなど、アウトロー的な存在も含めて、さまざまな異端児たちが主役を演じた初期から、いわゆるブロック・チェーンによる認証などのフィンテックの中核をなす技術として産業化されていくまでの様子を克明に記録しています。そして、そのバックグラウンドが政府に挑むリバタリアンだったり、ウォール街の巨大銀行と戦おうとする無謀な試みだったり、そのあたりのバックグラウンドは私はまったく知りませんでした。リバタリアンのバイブルとなっているアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』では、自由を求めてロッキーかどこかの田舎に引っ込む企業家を小説にしていますが、ビットコインであればそういったリバタリアンもサポートできそうだと思いつつ読み進みました。地理的な制約を受けないネットの出来事ですので、マウント・ゴックスが渋谷に事務所をおいて、たどたどしい日本語の記者会見を我々日本人も間近に見たわけですし、エコノミストや金融の専門家でなくても、ビットコインの動向には当分目を離せそうもありません。

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次に、庄司克宏『欧州の危機』(東洋経済) です。著者は慶応大学の研究者で、EU法の専門家です。英国のEU離脱=BREXITを中心に据えつつも、それだけでなく、EUの危機全般について論じています。すなわち、EUの危機は3点に現れているとして、ギリシアのソブリン危機、BREXIT、そして難民問題と指摘しています。もっとも、最後の難民問題はほとんど何も触れられていません。当然に、欧州統合の歴史を踏まえていますが、必ずしも古い歴史にこだわらずに、現代的な欧州の課題を列挙して議論を進めています。すなわち、欧州の統合は先発グループと後発グループに分かれての2段階方式であるとか、共通通貨のユーロや外交や安保政策なども含めて、メニューを選択可能なアラカルト方式であるとかの説明も丁寧です。また、その昔のトリフィンの国際金融のトリレンマに似せたダニ・ロドリックの国際統合のトリレンマ、すなわち、経済統合と民主主義と国家主権の3つを同時に達成することは不可能で、どれかを諦めねばならない、というロドリック仮説も紹介し、英国の選択は経済統合の放棄に当たると位置づけています。まあ、当然です。そういった基礎的な議論の後に、まず取り上げるのはギリシアのソブリン危機なんですが、そもそも、欧州統一通貨のユーロには脱退の法的規定がなく、他方で、ドイツなどが指摘する通り、ユーロ圏内における債務減免は制度的に不可能である主張もその通りであり、問題がほとんど袋小路に入っている現状を浮き彫りにしています。BREXITについては、英国の問題なのか、EUの問題なのか、必ずしも決め打ちはしていませんが、喧嘩両成敗ではないものの、勝手に離脱しようとする英国の問題と一方的に決めつけてはいません。その意味でもバランスが取れている気がしますし、英国のEU離脱後のシナリオがp.178から数多く示されていて、p.184のテーブルで各モデルの評価が一覧できるように工夫されており、とても判りやすい気がします。経済統合のあり方についても、豪州とニュージーランドの ANZCERTA (Australia New Zealand Closer Economic Agreement) + TTMRA の例を引いて、欧州とは違う統合のあり方のモデルを提示するなど、欧州やプラス米国に偏らない広い世界で議論している気がします。私は問題は基本的にEUの側に多く残されており、誤解を恐れず極めて単純にいえば、統合が拡大し過ぎて必ずしも同質とはいい切れない国の経済を含むようになってしまったのがEU危機の一側面だと考えています。その意味で、本書はかなり私に近い考えだと受け止めています。

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次に、細谷雄一『迷走するイギリス』(慶應義塾大学出版会) です。著者は慶応大学の研究者で、英国外交史の専門家です。当然ながら、今年2016年6月の国民投票によりEUをリダする英国を中心に据えて、戦後の英国と欧州の関わりの国際関係史をひも解いています。もちろん、欧州とはいいつつ、在りし日のソ連や共産圏はスコープの外であり、逆に、大西洋を挟んだ姉妹国のような存在である米国はスコープの範囲内だったりします。その米国は西半球に位置して、20世紀の2度に渡る世界大戦では少なくとも欧州における開戦からしばらくは参戦を控えていましたが、同じような傾きが英国にもあるんではないかという気が私はしています。すなわち、大陸欧州とは一線を画して、必ずしも同一行動を取ることもなく、そうかといって、まったく別というわけにも行かず、ということで、日本語で「付かず離れず」という言葉がありますが、そういったカンジがしなくもありません。英国とEUの関係については、少し前まではロンドンにシティという巨大な金融街を抱える英国はユーロに参加することを控えてきました。もちろん、今世紀に入ってからの後半部分の労働党ブレア政権はユーロ参加にチャレンジしましたが、官界と金融界の反対で英国へのユーロ導入はかないませんでした。戦後史の中では、英国と欧州は基本的に経済的な関係を強化しつつも、政治的には経済ほどの緊密化には至らない、ということなのではないかと私は考えています。特に、東西冷戦下でソ連が存在感を示していた当時であればともかく、現在、ロシアの軍事的脅威はソ連当時からは桁違いに低下しているんではないかと認識しています。それに代わって、イスラム国などのテロ勢力がむしろ安全保障上の脅威になりつつあるわけなんでしょう。ただ、英国と欧州の関係については、先日の米国大統領選挙もそうですが、単に内向きに英国の政治や外交がシフトしている、だけでは物足りません。フランスのルペン、米国のトランプ、などなどの歴史的にも成熟した民主主義国で内向きで右派的で排外主義的な潮流が生じ始めていることについて、世界的なコンテクストで考える必要があります。その意味で、本書はそれなりの水準に達した学術書ながら、英国と欧州とせいぜい米国までしか視野に入れていないという意味で、少し物足りない気がします。加えて、トッドの議論ではありませんが、「迷走』しているのは英国とア・プリオリに決めつけている気がして、実は「迷走』しているのはEUなのではないか、との議論に有効に対処できていないような気がしてなりません。欧州問題でどちらか1冊となれば、本書よりも先に紹介した庄司先生の『欧州の危機』の方をオススメします。

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次に、大黒岳彦『情報社会の<哲学>』(勁草書房) です。著者は明治大学の哲学教授であり、NHK勤務の経験から情報社会の動向にも詳しいかもしれません。何で見たかは忘れましたが、廣松渉のお弟子さん筋に当たるのかもしれません。未確認です。ということで、本書では情報社会の本質とは何かを正面から哲学しようと試みます。最近2010年代の具体的現象をもとに、その存立構造とメカニズムを明らかにするため、マクルーハンの「これまでの人類史とは、主導的メディアが形作ってきたメディア生態系、メディア・パラダイムの変遷の歴史であった」とする「メディア史観」を基に、Google、ビッグデータ、SNS、ロボット、AI、ウェアラブル、情報倫理といった具体的で個別的な現象を「露頭」と呼び、これらをはじめとして種々の現象を情報社会の分析の俎上に載せ、メディア生態系を暴き出そうと試みています。ただし、電気メディアが声の共同体を地球規模で実現させると考えたマクルーハンの時代的な限界を踏まえて、非人称的なコミュニケーションの自己生成こそ「社会進化」の原動力と考えたルーマンの社会システム論と組み合わせて、情報社会の自己組織化メカニズムを論じる枠組みを基に、情報社会の哲学を展開します。もっとも、マクルーハンやルーマンについて詳しくない私のような読者にはかなり難解な議論が展開されるんですが、情報社会のひとつの特徴的な事象であるビッグデータについてはその無価値性とデータマイニングによる数少ない価値の取り出しなどはまったく同意するんですが、モデルが不要になるという点については私には異論があります。むしろ、ビッグデータでモデルの複雑化がサポートされ、より正確になるんだろうと私は受け止めています。それから、情報社会を素材に哲学を論じながら、なぜか、ハードウェアに近い人工知能とロボットを論じ津第4章は本書の中でも異質であり、2045年シンギュラリティ説のバカバカしさから説き起こし、最後の情報社会における人間に関する節のみあればよく、それ以外は本書に必要とも思えない。むしろ、ない方が本書全体としての論旨が通るような気がしないでもない。「蛇足」そのものであろう。

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次に、マット・ リドレー『進化は万能である』(早川書房) です。著者は英国エコノミスト誌のジャーナリストであり、いくつかある著書の中で私は『繁栄』上下を読んでいて、2011年1月29日付けで読書感想文をアップしています。英語の原題は The Evolution of Everything であり、2015年の出版です。ということで、本書の主張は、設計や計画が成功の秘訣ではなく、ダーウィン的な生物学における「特殊進化論」を社会システムなどを含めて一般化した「一般進化論」的な方法、というか、自然のままに任せた発展や進歩が好ましく、トップダウン思考を破棄してボトムアップな偶然で予想外の方がものごとが上手く行く、との結論なんだろうという気がします。逆から見て、多くの場合は政府ということになるんでしょうが、政府などの公的な機関が制度設計したり、事前に計画を立てたりする必要はない、というよりも、そういった設計や計画はすべきではない、ということです。経済学の分野では、本所でも明確に記している通り、ほぼほぼハイエク的な感覚です。その場合、今日の最初の読書感想文で取り上げたバスー教授の貧困や不平等といった問題意識が抜け落ちる可能性が大きい、と私は危惧します。本書の議論も精粗区々、というか、極めて大雑把で、そもそも、変化とか発展とか進歩というべき歴史を一括して「進化」と言い換えているだけで、しかも、著者本人も認識しているように、進化はかなりゆっくりした長期間の変化である一方で、人類や社会システムなどの歴史では一夜にして大きな変更が加えられることもあり得るわけで、やや議論が大雑把かつ我田引水に過ぎる気がします。もちろん、少なくとも方向としては正しい議論も少なくなく、それだけにやっかいとも見えますが、例えば、エコノミスト的な歴史でいえば、マルサスの「人口論」はまったく大きくハズレにハズレたわけです。他方で、経済につきものの景気循環については、人類の歴史ではマルクスの社会主義とケインズのマクロ経済学が景気循環の影響を和らげようと試みて、先進各国ではケインズ経済学が設計や計画に近い形でそれなりに採用されていて成果を上げているわけですが、ケインズについてはまったく触れられていません。よく判らないんですが、それなりに眉に唾をつけて批判的に読み進むべき本だと私は考えます。

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次に、青谷真未『ショパンの心臓』(ポプラ社) です。今週の読書の中では唯一の小説です。ミステリに仕立ててあります。主人公が勤務する、というか、アルバイトするのが「よろず美術探偵」なる古美術商だったりします。著者は私はよく知りませんが、若手のミステリ作家で、ポプラ社小説新人賞出身作家らしいです。ということで、この作品は、無名の画家ながら美術館で回顧展を開催するので、その画家の最高傑作と目される作品を、就活に失敗して大学を卒業して古美術商でアルバイトを始めた新卒生が探し当てる、というストーリーです。ただ、謎解きとしてはいたって面白みに欠け、平凡かつどうでもいい内容に終わっています。ショパンの心臓というタイトルについては、私は知りませんでしたが、身体と心臓を分けて埋葬されていて、心臓はワルシャワにある聖十字架教会の柱に埋納されていることから、2014年年央にショパンの死因究明のために調査が開始された、という報道があったのも事実です。私は統計や経済モデルに関する国際協力でワルシャワに2週間近く滞在したことがありますが、お土産にはショパンの手をかたどった石膏像を買い求めた記憶があります。すっかりご無沙汰になりましたが、当時はまだピアノを諦めていなかったのかもしれません。本題に戻って、ミステリとしては貧弱極まりないため、というか、何というか、登場人物、特に、主人公である古美術商のアルバイト、そして、回顧展で作品を探している、すでに物故した無名の画家の2人の生い立ちが、極めて複雑怪奇に仕上げられていて、主人公の語り手の生い立ちのパーソナリティから、シリーズにはなりそうもない気がします。タイトルから音楽の薀蓄が得られるかという気もしましたが、まったくそうではありません。ほとんど、音楽やピアノは出てきません。従って、スラッと読むと物足りない気がしますが、そこはそれなりに、新人に近い作家の初期の作品ということで割り引いて考える必要があるかもしれません。でも、次の作品を読みたくなるかどうかは、私についてはビミョーなところです。

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次に、佐和隆光『経済学のすすめ』(岩波新書) です。著者は長らく京都大学教授を務めたエコノミストであり、滋賀大学学長に天下りしています。最初の書き出しから明らかな通り、2015年6月の文部科学省から国立大学への通達で、教員養成系と人文社会系については「組織の廃止や社会的要請の高い領域への転換」を求められたのを受けた反論で始められています。それは別としても、現在のように論文の引用数で評価が決まるのは、日本語で論文を書く機会の多い日本人経済学研究者には不利であるという言い訳が延々と続き、私の目から見るとついでの議論のように見えるんですが、米国流のジャーナル論文重視の研究や教育を批判して、スミス、マルクス、ケインズなどの古典を読むべし、という方向性が示されたりします。しかし、最後の最後、あとがき直前のパラグラフでは、現在の日本の経済学教育もよろしくなく、モラル・サイエンスとしての経済学を学ぶことが重要ということのようです。文部科学省の通達のように、経済学部の廃止や転換までは視野に入れないとしても、日本の大学の経済学教育はこのままでいいのか、それとも、何らかの改革が必要なのか、どうも、本書自体の論旨が大きく飛んだりクネクネとうねっていたりして、私もよく判らず、従って、どこまでホンキで読めばいいのか、それとも、単なる愚痴として聞き流すべきなのか、判断に迷うところです。pp.170-171 あたりで、経済学を学ぶ意義として、言語リテラシー、数学的リテラシー、データリテラシーの3つを身につける一番の近道、といいつつ、さまざまな社会現象を理解する上で経済学の知識は不可欠、という程度の結論しか導き出せないのは、やや物足りない気がします。私が大いに同意するのは大きなくくりで2点あり、モラル・サイエンスと同義かどうかは自信ありませんが、経済学における正義を重視する点と、もうひとつは、論文ではなくスミスやマルクスやケインズなどの古典を読む重要性を協調している点です。いずれにせよ、著者はかねてより市場原理主義的な右派の経済学に対して批判的で、リベラルな見方を示すとても常識的なエコノミストでしたし、リベラルであるがゆえに岩波書店から岩波新書などを出版しているんでしょうが、逆に、岩波新書だからどうしようもなく、ほとんど何の関係のない「安倍政権の憲法改正」が盛り込まれていたりして、でも、本書の大きな弱点は、大学教員の身分や業績評価などについて、論理性に欠ける議論がなされているように見受けられる点です。すなわち、文部科学省の通達では、職業としての経済学部教授が不要といわれているのに近いわけで、それをムキになって反論しようとしているように見る人もいそうな気がします。国立大学の法人化にも反対だったようですので、かなり強い現状維持バイアスをお持ちなのかもしれませんが、本書のようなタイトルの下で、余りにも、こういった議論を展開し過ぎると、一時の特定郵便局長や私クラスの小役人みたいに、高邁なる学者先生が「保身」に走っているとの意地の悪い見方をする人も現れかねない危険があります。それはとっても残念です。

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最後に、氏家幹人『古文書に見る江戸犯罪考』(祥伝社新書) です。著者は歴史研究家ということで、江戸期の著作が何点かあるようですが、私は専門外で詳しくは存じません。本書では、 それなりに信憑性ある史料をひも解き、江戸時代の犯罪と刑罰について夜話ふうに14話に取りまとめて紹介しています。テーマは、児童虐待と児童の犯罪、介護の悲劇、夫婦間トラブル、通り魔殺人、多彩な詐欺などなどですが、何といっても江戸期の犯罪のハイライトは鼠小僧次郎吉でしょう。その前座で、ショボい盗みばかりの田舎小僧を解説し、鼠小僧についてはp.243に100件余りの犯行暦をテーブルに取りまとめています。捉えられてから処刑されるまでの所作振舞も詳しく紹介されており、織豊期を代表する石川五右衛門とともに、江戸期を代表する怪盗の面目躍如なのかもしれません。専門外である私の不確かな記憶によれば、徳川政権や地方の大名の権力基盤がかなりしっかりしていたので、江戸時代には膨大な史料が残されています。幕府や各藩の調査も権力あるだけに詳細に渡っていたりもします。その中でも、現代に移し替えれば新聞などのメディアの社会部が担当しそうな犯罪に関しては、特に詳細な記録が残されていることと推察しますが、逆に、その膨大な史料を読み解くのもタイヘンそうな印象もあります。テーマが犯罪ですので、被害者に思いを寄せると気の毒なケースも少なくないんでしょうし、血なまぐさかったり、見るに堪えない犯罪も少なくないながら、その時代の社会性をうかがわせる史料も少なくないことと思います。特に、窃盗に関して、現代との隔絶ぶりに驚かされます。
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