2017年06月10日 (土) 13:44:00

今週の読書は経済書に専門書や教養書と小説を合わせて計5冊!

今週は少し風気味で体調がすぐれず、読書は経済書に専門書や教養書と小説を合わせて計5冊です。以下の通りなんですが、何となくいいペースのような気もします。でも、可能であれば、さらにペースダウンするのも一案かもしれません。

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まず、ダグラス C. ノース/ジョン・ジョセフ・ウォリス/バリー R. ワインガスト『暴力と社会秩序』(NTT出版) です。筆頭著者のノース教授はノーベル経済学賞受賞の経済史学者であり、いわゆる制度学派の筆頭です。原書の英語の原題は Violence and Social Orders であり、2009年の出版です。日本語タイトルは直訳といえます。ということで、制度学派ですから、所有権の確立を重視する経済史の展開をひも解いているんですが、本書ではタイトル通り、暴力のコントロールを近代の政治経済のシステムが必要な条件として、経済発展の基礎に据えようと試みています。社会秩序をアクセス開放型とアクセス制限型に区分し、特に後者は自然国家との呼称も用い、自然国家は脆弱、基本的、成熟の3類型に細分化しています。そして、自然国家は交易を制限すると指摘しています。さらに、エリートと一般庶民とのインタラクティブな関係の発展形態にも言及しています。しかし、ほとんど言及がないのが産業革命です。私は何度も繰り返して主張している通り、東西世界の大分岐を経て、西欧、というか、米国も含めた欧米の現時点までの世界経済の覇権を規定しているのは18世紀のイングランドを起源とする産業革命であり、その原因については経済史家の間でもコンセンサスは出来ていない、と考えています。加えて、私が本書について物足りないのは、理論モデルの構築が不十分な上に、ほとんどデータの裏付けによる実証がなされていない点です。ですから、暴力のコントロールがいかに社会秩序の安定や経済発展に寄与しているのかについて、読者は判断のしようがありません。とても斬新な視点が提示されているのは興味深いところですが、モデルの構築が不十分で雰囲気でモノをいっているところがあり、もう少し詰めた議論がなされる必要があるという気がしました。これだけのオールスター著者陣にしては、やや残念と言わざるを得ません。

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次に、エコノミスト誌編集部[編]『2050年の技術』(文藝春秋) です。英国エコノミスト誌の編集部が30年余り後のテクノロジーについて、現時点で考えられる将来像を提示しています。私のような文系エコノミストのテクノロジーに詳しくない人間からすれば、ほとんど実現性の不明なSFに近いストーリーも含まれており、どこまで理解できたのかははなはだ自信がありませんが、未来像に関する雰囲気は感じることが出来た気がします。いくつか、私でも理解できた点がありますが、印象的だった1点目は指数関数的な将来像を提示するムーアの法則の終焉が近い、と指摘している点です。ムーアの法則が今後も続くと仮定すれば、2050年までには17サイクルが繰り返されることとなり、そうなると水素原子よりも小さなコンポーネントでコンピュータを作ることとなり、背理法的にムーアの法則が否定されます。第2点は個人のプライバシーはもはやとてつもなく高額の保護費支払いに耐える所得階層でしか許されない、という点です。ただし、本書ではプライバシーについて区別をしておらず、私の考える2分割の立場には立っていません。すなわち、私は市場活動におけるプライバシー、何をどこでいくらで買ったか、売ったか、についてはプライバシーはもはや成り立たないと考える一方で、夫婦のベッドサイド・トークなどの市場に関係しない私的活動については、引き続き保護されるべき、と考えていますが、本書では前者の市場活動における個人の活動にかかわるプライバシーのみを論じているんだろうと解釈しておきます。第3に、人工知能(AI)は人間を超えない、としている点は深く感動しました。私はデータに基づいた判断、カーネマン教授のいうシステム2とかで、データの確率分布に基づく判断、例えば、医者が行う病人やけが人の症状と病理学的な原因に関する判断などについては、おそらくAIの判断のほうが正しい場合があるんではないかと思いますが、他方、システム1やヒューリスティックな判断、データではなく、より直感的な判断については人間の方が優れているんではないか、と考えています。いずれにせよ、テクノロジーについて詳しくなく理解の範囲が限定的であっても、それなりに未来のテクノロジーについて考える基礎が得られそうな気がします。

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次に、長谷川晶一『オレたちのプロ野球ニュース』(東京ニュース通信社) です。著者はノンフィクション・ライターであり、上梓された本のタイトルを見る限り、かなり、野球、それもプロ野球に造詣の深いところが伺われます。ということで、本書は1970年台半ばに放送がスタートしたフジテレビ系列のプロ野球ニュースに焦点を当てています。今世紀初頭に地上波の放送を終了し、現在は平日は23時スタートのフジテレビONEでしか見ることができませんが、かつては一世を風靡した長寿番組でした。本書を読んで思い出したんですが、放送開始当初は23時台のテレビといえば日テレ・読売系列の11PMが全盛で、現在ではまったく姿を消したいわゆるお色気番組が花盛りでした。私は中学生から高校生くらいで、中高6年一貫制の男子校に通っていましたので、中学校か高校かの区分はあいまいですが、青春真っ盛りの時代です。今から振り返れば、経済的には1973年のいわゆる第1次石油ショックを節目に、1950年代半ばからの高度成長期が終了し安定成長期に入ったところであり、プロ野球的には第1次石油ショックと同じ1973年のシーズンでジャイアンツのV9が達成されて長嶋が引退し、翌年ジャイアンツは長嶋監督の下で最下位に沈み、ジャイアンツが球界の盟主の座から引きずり下ろされ、ドラフト制度改革で戦力の均等化が図られるとともに、そのかなり後とはいえ、逆に、FA制で金銭による戦力の充実も可能となるなど、いろいろな制度改革もありました。そういった時期に、上の表紙画像に見られる通り、佐々木信也氏を司会者に立てて、お色気番組の並ぶ時間帯に硬派のスポーツ・ジャーナリズムを展開した番組です。ジャイアンツに偏りがちな報道に対して、セパ両リーグの6試合をほぼ平等に扱い、単なる結果の報道にとどまらず、丁寧な解説とともに報じた番組でした。本書では、テレビに映らないバックグラウンドでのスタッフの苦労話に終始するんではなく、正面から佐々木時代のジャーナリズム路線とポスト佐々木時代のエンタメ路線を比較し、ホントのプロ野球の面白さや歴史の深さなどを実感することができました。おそらく、プロ野球ニュースのテレビ番組としては1970年代後半から1980年代の佐々木時代が全盛のような気もしますが、そのころは、ちょうど関西でサンテレビなどが阪神タイガースの甲子園での主催試合だけながら、フルで放送し始めた時期でもあります。私は今でもCS放送23時からのプロ野球ニュースを見ることがあります。アルバイトで帰宅が遅くなった上の倅といっしょに阪神の試合結果を楽しんでいます。改めて、テレビ番組としての革新性に触れた気がします。ただ、この番組をリアルタイムで見ていた人は、おそらく、もう50歳を超えている気がします。若い人向けではなく、じいさんが昔を懐かしむタイプの本かもしれません。

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次に、中山七里『秋山善吉工務店』(光文社) です。著者はこのミスで売り出した人気のミステリ作家です。私も何冊か読んでいます。このsカウ品は、ゲーム会社を辞め家に引き籠っていた父親の部屋から出火して家と大黒柱を失った秋山家では、残された妻の景子、中学生の雅彦、小学生の太一の3人で、父親の実家「秋山善吉工務店」に世話になることになり、同じ区内ながら慣れない祖父母との新生活は、それぞれの身に降りかかるトラブルで災難続きの日々となります。第1章から3章までは、太一、雅彦、稽古、それぞれの学校生活や新しい職場でのトラブルなどを描写し、それらをスーパーマン爺さんが見事に解決する模様を描写します。そして、ダウ4-5章がこの作品の肝なんですが、警視庁捜査一課の宮藤は秋山家の火災は放火殺人だったのではないか、と調べ始めます。いろいろと疑われるんですが、大工の爺ちゃんがアチコチで大立ち回りを演じて家族の危機を救います。いかにも、大正から昭和にかけての懐かしい香り漂うホームドラマに仕立てたミステリーです。もちろん、あり得ないスーパーマン爺さんの大活躍も見ものですが、ミステリとしての謎解きはとてもお粗末です。仕方ありません。

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最後に、池井戸潤『アキラとあきら』(徳間文庫) です。作者は知らぬ者のない人気の売れっ子小説家であり、銀行を舞台にした企業小説、経済小説が得意分野です。この作品は、2006-09年に『問題小説』に連載されながら単行本化されていなかったものを、いきなり文庫本で出版しています。タイトル通り、2人のアキラと名付けられた青年を主人公にしています。2人とも同じ読み方の名前で、しかも、1人とも社長のご令息なんですが、1人は伊豆の小さな町工場の生まれ、もう1人は同族会社で上場こそしていないものの、大規模海運会社の御曹司です。その2人が成績優秀にて東大経済学部を卒業し、同じメガバンクに就職します。御曹司は色んな理由あって一族会社の社長として舞い戻り、もうひとりの町工場を倒産させた父親を持つアキラが、バブル崩壊後の不況の中でその海運会社をいかに救うかで知恵を絞ります。この作者の作品らしく、やや意地の悪い無能能力経営者は数多く登場する一方で、明確な敵役は出番がありません。でも、ややキャラの書き分けが物足りないものがありますが、それなりに心温まる物語です。経済とは、企業とは、といった基本哲学について作者に賛同する私のような人間には、とても感動的でした。
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